インセンティブ制度の挑戦と限界
──軽視できないマイナス面
既存企業にとって休みが多く、賃金が高値安定傾向だとすれば、企業が競争力をつけるには、
労働生産性を高くするか、リストラするか、どちらかしかありません。そうしないと、世界的
にも、あるいは日本の中のベンチャー企業にも負けてしまいます。
リストラはさておき、労働生産性を上げる一番シンプルで効果的なのは、従業員のやる気と
競争心を刺激することです。
その為には、金銭的インセンティブがわかりやすい。
例えば、餃子の王将には「毎月優秀店には特別ボーナス支給」する制度があります。『日経トッ
プリーダー』(二〇一〇年九月号)で、立ち食いの富士そばの創業者・丹道夫氏(ダイタンフー
ド代表取締役社長)は、
「人間が自発的に働くためには、二つの仕組みが必要。一つは、任せるからには、トコトン
任せる。二つには、頑張ったら頑張っただけ、給料とポストを与える仕組みだ」
と言っています。
確かにこの王将モデル、富士そばモデルは分かりやすく、効果的です。でも一方では、長く
続かないモデルでもあるのです。
私の経験では、優秀な店長なり、マネージャーは偏り、いつも表彰される人は特定される傾
向にあります。
するとまたあの人かという風になってしまいがち。大多数を白けさせるというマイナス効果
にもなってしまいます。
それと金銭的インセンティブには限界があります。一度目は効果的です。決算賞与を出すと
喜ばれます。でも次の年に出さないと今度はなんで出さないのだ、とこうなります。
日本のビジネス風土
「腕のいいトレーダーが何百億円稼いで、その一割の報酬をもらっている人が、上司と折り
合いが悪くなり、会社を辞めたとすると、他の従業員はがっかりする。報酬を一割とっても、
残りは会社に残りますから、それが自分らのボーナスにまわることができるが、その人がいな
くなったら自分らに回ってこないからと考える」
「アメリカでトップセールスの表彰をすると、ものすごい拍手がおこります。拍手している
のは同じセールスマンでライバルです。しかもウイナーは一人ですからあとはルーザーです。
来年は君の番だというとそれで、又盛り上がる。」(『世界同時バランスシート不況 金融資本
主義に未来はあるか』リチャード・クー・村山昇作著、徳間書店)
これらは、皆海外の話です。日本でそんなことをやったら、
「なんであいつが選ばれてオレダメなんだ」という反応になり、社長はどういう基準で選ん
でいるのだろう、ということを問題にします。「来年は君だ」と慰めても「なにをやればいい
んですか」と妙にすねてしまう。
日本は、世界の中で平等意識が強い国です。この日本のビジネス風土から考えても、特定の
人に偏ってしまうインセンティブ制度は、効果は認めますが、限界があるのが現実です。
また、組織力をあげるには、全員参加の仕組みを考えなければなりませんものね。競争に勝
つには、個人も組織も二者択一ではなく、二者共存でなければならない。
厳しい時代でもあるんですね。
解決策の模索→道具に頼る
──道具を使って仕事をラクに
私は何度も(『経営ノート二〇一一』でも強調しましたが)、人間は生まれながらに勤勉な人
はいない、と言っています。それでも日本人は良い方で、世界的に見て勤勉な民族だと思って
います。
でも、そんな日本人でも、もちろん私も含めてですが、日曜日の夜は「あした会社か」とあ
まりワクワクしませんよね(笑)。
社員の数が多くなってくればくるだけ、増えれば増えるだけ、そう思う人の数が増え、その
人たちにも気持ちよく働いてもらわなければなりません。そういうことを前提として会社運営
の仕組みを組織的に考えなければならないのですね。
そもそもどうでしょうか? 人間は本来ラクをしたいという基本的性質があります。実質週
四日間労働で、しかも既存の比較的安定した賃金を払い続けていくには、この人間のもつ業と
もいえる「ラクをしたい心」をどう取り扱うかは、ビジネスの根幹にも関わることなんですね。
ですから、理屈では楽をする仕組みをまず考えることです
その為には道具を使うことです。道具を使いますと、労働がラクになります。しかもベテラ
ンでなくてもできますし、なにより生産性が向上します。私は勝手に富士山を五合目から登る
仕組みと言っていますが。
会計事務所でも、大分パソコンの恩恵を受けました。コンピューターが無い頃の経理部長さ
んは、試算表を組めるだけで、大きな技術でしたから、威張っていましたよね(笑)。でも今
は新人でも簡単に早く出来てしまいます。
そう言えば、コンピューターがまだ高価なころ、デザイナーに辞められて困っている会社が
ありました。デザイナーの定着の悪さに困って、思い切ってCG(コンピューターグラフィッ
ク)を導入したところ、デザインの仕事が大幅にラクになって退職者が減り安定したという話
があります。
コンピューターの最新技術(当時)が、デザイナーの「ラクしたい心」のかなりの部分を代
替してくれたからです。
現代は、当時に比べ大幅に楽になる道具が発達しました。インターネットの利用は当然、ス
マホの利用、ビジネスアプリの発達、ビジネスプロセスの科学的分析、これらを使わない手は
ない。
又、データベースもビジネスの武器です。データは説得力があります。かつて千葉ロッテの
バレンタイン監督は、「統計アナリスト」を帯同していたそうです。当時その話を聞いてびっ
くりしたのを覚えています。
でも、どうでしょう? 今ではデータ分析は常識です。一方、いまだ中小、中堅企業に欠け
ているのは、私見ですが、この科学的分析力ではないでしょうか。
ところで、道具を使うつもりが使われる、ちっとも楽にならない、一方ではこんな現実もあ
ります。
「道具を使え!」
言うは易し、ですが、現実的には、一歩一歩解決していかなければならない。私のところは?
まだ実は小学生レベルです(笑)。
労働生産性をあげるために
──高賃金……でも
よく労働生産性を上げろと言います。その解決策の一つは前述のように道具を使うことです。
なぜ道具を使うと生産性が上がるかを次の式で私は説明することにしています。
サービス業では、財務分析の中で、営業利益を伸ばすためにいちばん重要に考えている指標
は「労働生産性」です。サービス化社会では、この指標が会社の収益力をいちばんに示してい
るからです。
まず、粗利が高い商売ほど労働生産性が高いわけです。それを細かく分析したのが、「労働
装備率」「固定資産回転率」「粗利率」の三つの指標になります。
下の式をご覧下さい(図1)。労働生産性をあげるにはこの三つの指標を高めればいいこと
になります。
「労働装備率」の固定資産を「IT投資」(道具への投資)と置き換えて見てください。
この指標の分解から次のことが読み取れます。
(一) 固定資産をIT投資と置き換えてみると、まずどんどんIT投資した方が、生産性が向
上します。すると、従業員の仕事をITに置き換えることができますので、結果的に従
業員数が少なくなります。
(二) IT投資は、投資をするごとに、レベルがあがって、なおかつ投資額が安くなるという
特性があります。
その結果、(一)の循環が好循環になり、よいスパイラルになってきます。古いシステムをもっ
たいないと思わないことかな? 応々にして、あの時いくらかけたからと、勿体ながって使っ
ているケースがあります。
この指標を改善するためには、古いシステムを捨てる勇気が経営者に不可欠です。
(三) IT投資は、投資するごとに投資金額が下がります。「労働分配率」で気をつけていた
だきたいのは、個別の賃金が低く、業績が悪い会社ほど、労働分配率が高くなることで
す。
つまり会社の付加価値に占める人件費の比率が高くなります。理想的には、労働分配率が低
く、個別賃金が高い会社は、高収益の会社ということになります。
なかなかこんな会社はないですけど(笑)。
私は、「知識社会は知識労働者に高賃金を払った会社の方が、業績が良い」というP・F・
ドラッカーの言葉に感動した経験があります。
「人件費をけちってはダメで、高能率で高賃金が、サービス化した社会の特徴」
「よい経営をするには、社員に高賃金をこれからも出しつづけなければならない」
経営者は大変だ(笑)。
ここからは、余談です。難しいのは、賃金は固定的ですが、能率は変動します。高賃金と高
能率の両方を続けることができれば問題はありません。しかし当初はそれでうまくいっても、
そのうち稼がない人が増えて、いつの間にか高能率が減って高賃金だけ残る。
ある大手メーカーは、創業者の意思で「高能率高賃金」をうたっていたら、いつの間にか、「高
賃金だけ残り、高能率が消えた」。そして、業績の悪化です。その会社が絶好調の頃の話ですが、
私の友人がその会社と取引をしていてこぼしていたのを思い出します。
「傲慢で、しょっちゅうたかられる」
今思うと絶頂期に崩壊の芽があるんですね。
ニッパチ、シチサンと労働生産性
──完璧にこだわらない
単純に言います。私は道具で労働生産性をカバー出来るのは、よくても五割ぐらいだろうな
と思っています。あとの半分は、人間次第、組織力次第と考えています。「半分しかできない」
と考えるか、「半分もできるのか」と考えるかでは天と地ほど違います。
是非、ポジティブに考えてください。多くの会社は、実際には五割までいっていない、もっ
と低い率ではないかな?
でも、二割でも三割でもいいじゃないですか。やらないよりマシですよね。
その道具化のベースの上に労働の主役の人間が乗っかったとします。さてその人間ですが、
能力はバラバラ、性格も一人一人違います。野球で、イチローや松井に勝てる選手はほとんど
いません。昔読んだ雑誌で、歌手の千昌夫さんが「俺は、五木ひろし、森進一と同期だ、でも
彼らは天才。絶対歌では勝てないと思い、他の分野(不動産)で一等賞をとろうと思った」。
バブル時代を知っている人なら、思い出すでしょうが、「歌う不動産王」と言われて世界の不
動産を買いまくった当時の話です。
このように、スポーツや芸能といった特殊な分野は、努力だけでは追いつきません。持って
生れた天分、能力の差はいかんともしようもないんですね。
では、ビジネスの世界ではどうでしょうか? 私の経験でもニッパチ、シチサンの法則(?)
がここでも働き、優秀二〜三割、普通八〜七割。誤解を恐れず言いますとそんな感じです。
でもビジネスの世界は、そんなに能力の差はでないのではないかな。
能力は相対的なもので、絶対的なものではない。歌手やスポーツ選手のような差がなく、個々
人の努力や組織風土で充分その差は縮めることができる。これがビジネス、仕事の世界ではな
いでしょうか。
言い換えますと、普通と思った自分が、やり方、研修、努力次第で、上の二〜三割に十分い
けます。私はそう思うんですね。
5-2.労働生産性を考える
サービス化社会では、労働生産性を上げることが営業利益を上げることに結びつく。日本の企業風土を考えると、インセンティブ制度による労働生産性の向上には限界が見られがちである。理想的には高能率、高賃金がサービス化した社会の特徴だが、人には能力差があることを認め、道具による能率化も一〇〇パーセントにこだわらないことが重要だ。