3-1.非製造業の産業化

デフレ時代でも成長した理由
──一歩先を行けばいい
 『経営ノート二〇一一』では、しまむら、ニトリ、ユニクロを例に、一九九〇年代日本がデ
フレ時代に急成長した企業の特徴はSPAと言われる、製販一体型とローコストオペレーショ
ンだと書きました。
 つまり、製販一体型で粗利を高めて、カテゴリーを絞って成長を促進させ(単品、単一業態
の方が、成長速度が早い)、ローコストオペレーションを実行するしくみ、業態を開発したと
ころだけだと強調しました。
 格安航空会社(LCC)の時代の到来まで言及しました。
 一方、成長会社のもう一つの共通項は、既存の伝統的業種で、決してITのような最先端の
業種ではないとも書きました。
 しまむら、ニトリ、ユニクロ、アイリスオーヤマ──皆、伝統的な業種の業態開発に成功し
た企業ばかりです。
 私は、しまむらの実質創業者である藤原秀次郎相談役に、「会計業界で成長するには?」と
お聞きしたことがあります。
 一言、「遅れた業界は一歩先を行けばいいんですよ」との答えでした。
 これも『経営ノート二〇一一』で、衰退業種で成長する企業のポイントとして書きました。「あ
あそうか!」と、すごくその答えにハラオチした記憶が今でも残っています。
──しきたりの厳しい業界もビジネスチャンスあり
 話が少し横道にそれますが、「シキタリと習慣がきつい業界も参入しやすい。強い業種が少
なく、似た者同士が多いから差別化がきくのだ。その代わり今までの商習慣を破るわけだから、
同業者からの批判の集中砲火を受けるのは避けられない」(『ランチェスター弱者必勝の戦略』
竹田陽一著、サンマーク出版)
 これは、ランチェスター研究で有名な竹田陽一氏の言葉です。
 業界が護送船団のようになっており、比較的競争のない業界は、今でもかなりあります。そ
の中で嫌われるのを覚悟すれば(笑)かなり成長の可能性があります。
 私が会計事務所を開いた頃ですが、当時急成長していた同業がありました。そこの所長さん
は「私はことごとく税理士会の意向と反対なことをしたのが伸びた原因」と言っていたことを、
間接的に聞いたことがあります。
 今では、お医者さんでも、医師会未入会で、休みとか診療時間を自由にやっているドクター
も出て来ました。でも現実には、まだまだおきて破り(?)の企業は少ないですよね。
──気づきを得た一言
 ところで、先日何気なくCDを聞いていましたら、イタリアンレストランチェーン、サイゼ
リヤの正垣泰彦会長の話でした。(『日経トップリーダー』付録のCD、二〇一一年二月号)
 題名は「フードビジネス(サービス)の産業化」。
 「あ! そうか」ホントに、スーッとおなかに入りました。
 前述した、デフレ時代に成長した企業は、一言で言えば、「非製造業を産業化」したところ
なのだ。ローコストオペレーションとか『経営ノート二〇一一』で書いたことが、正垣会長の
ひとことでハラオチしました。
 言い換えますと、「非製造業、サービス業は、産業化できた企業が勝利する」こんな仮説が
出来上がりました。
──二次産業と三次産業の違い
 次に引用するのは、ヤマト運輸の実質創業者である小倉昌男さんの著書からの孫引きです。
 東商主催の講演会での話で、当時の通産省(現・経済産業省)の外郭団体の若い研究員が講
演したときの話をこのように書いています。
 「彼はいきなりこんなことを口にしました。
 『商業など三次産業は、製造業に比べ企業規模が零細で、労働時間が長いから、非近代的だ
と思われているが、そんなことを気にしてはいけない、それは産業の特質によるもので、仕方
がないのだ──』
 私はびっくりして聞き耳をたてました。講演の要旨は次のようなものだった。
 『製造業は商圏が広い。製品には全国ブランドが多いし、地方ブランドのものでも商圏は地
方ブロックが普通である。それに比べ、小売業の商圏は非常に狭い。大きな百貨店やスーパー
でもせいぜい店舗のある都市内程度で、普通は数キロ以内である』」
 「さらに両者が抜本的に違うのは、製造業が商品の在庫を抱え、時間をかけて売っていくの
に対し、小売業は一日一日が勝負である点だ。
 特に運輸やホテルのようなサービス業は、『在庫』を持つことができない。今日売れ残った
座席や部屋を明日売ることは不可能なのである。だから、小規模なのは当たり前で、その代わ
り、多店舗化しなければならない。
 また販売の機会損失を防ぐためには、どうしても長時間営業をせざるを得ない。ただし、長
時間営業を必要とするから長時間労働をさせるというのは間違っている。
 とにかく、三次産業の営業が週休二日だったり、一日八時間にすることが近代化と考えるの
は、大間違いである──」(『小倉昌男 経営学』小倉昌男著、日経BP社)
 私が会計事務所を始めたのは、一九七七年で今からもう三〇年以上前の話ですが、その当時
ですら、もちろん新参者のせいもありますが、製造業(メーカー)の新規のお客様は取れませ
んでした。
 ですから、既にその当時から、日本はサービス業の時代に移行していたのですね。
 私の実感では、一九八〇年代から本格的にサービス業の時代に移行したと思っていました。
でも現実には、日本は一九七〇年代からサービス業への移行が始まっていたのですね。
 小倉さんによれば、
 「昭和四〇年代は、高度経済成長の波を受け、流通革命が唱えられ、商業は卸、小売ともに
近代化の推進が求められていた。製造業=二次産業では、労働時間の短縮、週休二日制など企
業経営の近代化が進んでいたが、商業や運輸業などの三次産業はずいぶんと遅れていた。東商
でも商業部会を中心に、時短を推進する会議がしばしば開かれた。」(同書)
 そんな議論をしている矢先に、冒頭の通産省外郭団体の若い研究員の講演です。今思うと、
その講演の方が実は正しかった。
 当時、高度成長時代でしたから、一斉に三次産業(サービス業)も時短、週休二日制と休日
を増やす方向へシフトしていきました。
 でも今はどうでしょう、低成長時代に突入してものが売れない時代になりますと、百貨店を
始め、流通業は、ほぼ年中無休が常識となりました。あの和光でさえ、日曜日の営業を始めま
したからね(笑)。
──サービス業の産業化はずっと前から始まっていた
 当初、私は、失われた二〇年のデフレ時代の成長のキーワードは、産業化、事業規模になっ
たところだけと考えていました。
 でも、失われた二〇年になるよりもっと前、一九七〇年代から非製造業(サービス業)を制
したものは、産業化できたところだけだったようです。
 ですから、百貨店の衰退の原因の一つは、他の小売業との休みの差で負けたともいえるので
はないか? 今ではこんな風にも思っています。
 日本は高度成長だったので、産業化の効果が目立たなかっただけで、産業化できなくてもソ
コソコできた時代。しあわせな時代でした。
 総合スーパー(GMS)だって、産業化の基礎は一九七〇年代に作りましたし、小倉さんの
ヤマト運輸だってあの手間のかかる個人の集配を事業にできたのは、運輸業の産業化ができた
からです。
 ヤマト運輸でも、七〇年代からすでに快進撃が始まっていました。
 そう言えば、プレハブ業界もいわば、「建築の工業化」だったんですね(日本経済新聞 
二〇一二年三月一日 私の履歴書 樋口武男・大和ハウス工業会長)。
 私の気がつくのが遅かっただけで、非製造業の産業化はづっと前から始まっていたのです。
──そもそも「産業化」とは
 サイゼリヤの正垣会長がなぜサービスの産業化を考えたかというと、一つは、飲食店に働く
人達の給料が他の業界に比べ二分の一以下なので、なんとかしたかったということ。もう一つ
は、サイゼリヤの客数や店舗を開発して、結果、道路や学校などの社会的インフラへ変えるよう
な社会貢献をしたかったからだ、と言います(前述CDより)。
 なぜ低賃金なのかというと、仕組みが他の業界と違うから。正垣会長は、飲食業の仕組みを
変えて、賃金を上げられるような企業にしよう、こう決意したそうです。
 その為には、単純に問屋から仕入れて売るだけでは付加価値がつかないので、商社、問屋、
メーカー、物流、あらゆる機能を全部自前でやる、ということを決めました。
 給料を上げること、社会インフラを作ること、この二つをもって、正垣会長は「産業化」と
考えたそうです。
 その道のりを正垣会長は、産業化に五〇年かかると言っていました(図1)。
 (講演当時(二〇一〇年一〇月)、サイゼリヤは個人営業を開始から四三年経過していました。
ですから、産業化の仕上げの時期ですね。)思っても実行には、やはり長い年月がかかります
よね。
 ともあれ、改めて産業化の定義を見てみましょう
 Wikipediaで「産業化(工業化)」という言葉を調べてみると、
 「(厳密な定義は困難であるが)概ね、人力や畜力を離れ蒸気力や電力といった非生物的な動
力の採用と産業の機械化を決定的な契機として、社会全体の変化が引き起こされるという点で
一致している」
 「W・W・ロストウは工業化の決定的段階をもたらす条件として、
 一.生産的投資率の一〇%以上への上昇
 二.製造業部門の高成長
 三.経済成長を可能にする政治的、社会的、制度的枠組みの整備
 の実現を挙げており、これらの条件を満たすことにより、工業化への離陸(テイク・オフ)
が可能になるとされる」
 とあります。サービスを「産業化」するというのは、たとえば大量生産方式にする、分業化
をするなど、サービスの生産性と効率性を上げながら、経済社会の枠組みを整備していくこと、
ということでしょうか。
 これは、社会経済の中心が製造業からサービス業に変わったときから少しずつ変化すべき
だったかもしれませんが、どうにも遅れているな、という気がします。サービスはまだまだアー
トや職人のような世界に思えてなりません。
 思えばこれまでご紹介してきた企業は、戦略が優れていて不断の努力をしていることに間違
いありませんが、その努力の方向が一様に「サービスの生産性と効率性を上げる『サービスの
産業化』」に向かっているのではないか、そう思いました。

最先端の業種でなくても成長できる企業の共通点は、サービスを産業化できた企業であること。日本は一九七〇年代頃からサービス業への移行がはじまっているが、サービスの生産性や効率性をあげる戦略は、成長企業へのカギになるだろう