1-2.経営学はビジネスに役立つのか

経営者は理屈っぽい
──経営学は机上のもの?
 二〇一一年に上梓した『経営ノート二〇一一』で、私は「理論より実践」ということを強調
しました。ビジネスモデルは儚いもので、すぐにまねされてしまう。だから、優れたビジネス
モデルづくりに時間をかけるよりも、今目の前にある経営課題やオペレーションの問題をすぐ
に改善する実践を優先させるほうがよい、という意味あいでした。
 さて、今年の『経営ノート二〇一二』では、前述のように「理論も実践も」がテーマです。
経営の理論的な根拠といえば経営学。そこで今回は、経営学は実際のビジネスに役立つのか、
という話をいたします。
 「経営学は経営学者の意見に過ぎず、机上のもの」「実際経営したことのない人の意見など役
に立たない」という人もいます。でも私は、経営学は先人の知恵の結晶であり、利用して損な
ことはない、と思っています。自分の経験だけでは限界があります。他人の経験をタダ同然で
手に入れることが出来る本を利用しない手はないと思いませんか?
 本屋で平積みにしているような、日本の経営者が書いた本も役に立ちますね。こんなに自分
の事業をオープンにしていいのかな、というくらい書いてくれます。「飲み屋でも自分の事業
をベラベラしゃべってしまう。興が乗ると、紙ナプキンに自分のビジネスモデルを書く」、と
ある経営学者が言っていました。日本の経営者は、ホントに人がいい(笑)。もっとも、自分
でこの『経営ノート』を書きながら、いや他人の本の受け売りばかりだな、と、苦笑しながら
書いています。
──経営学の意義
 話は逸れましたが、経営学を学ぶことの意義(私見ですが)として、自分のビジネスに応用
できる、ということも挙げられます。
 自分の会社である施策を実施しようと考えたとき、理論的にはどのような結果が得られるの
か、その結果は自社の経営戦略にとってどのような位置づけになるのか、という仮説が立てら
れます。私の場合、経営書には随分助けられました。
 そういえば日本の経営者には、理屈っぽい人が多い。本が書けるくらいなのですから、それ
なりに理屈っぽいのでしょうけれど、皆さんよく勉強されている。ある人が経営者を集めたトッ
プセミナーで統計をとったら「参加会社のその後の業績は座席に座った順通りになった。」とか。
だから私はセミナーに行ったら人より前に座れ、と言っています。ファーストリテイリングの
柳井会長も、仕事が終わると家で本を読んでいることが多いそうで、あまりパーティなどに出
席しない、なんて話をどこかの本で読みました。優れた経営者のセミナー好き、勉強好きは共
通です。私が知っている名の通った経営者は、なぜか理屈っぽい人が多いようです。
─潮田健次郎氏(住生活グループ)
 二〇〇八年三月の日本経済新聞にトステムの創業者で、住生活グループの潮田健次郎前会長
の「私の履歴書」が連載されました。とても面白い記事だったので、私はいまだに切り抜きを
持っています。
 潮田前会長は、一〇代の頃結核にかかり小学校卒業もままならなかった。それでも戦後、父
親から建具小売の仕事を引き継ぎ、会社を東京一の建具卸売業に育て上げる。昭和四〇年代初
めにアルミサッシ業界に参入。そのときすでに大手メーカーは出そろっており、最後に参入し
てきた小さい会社、という位置づけ。ところが、その最後発の弱小企業が、みるみるうちに大
手企業を追い抜いて業界トップの座に就く──といった話です。
 記事の中で、潮田前会長の勉強好きについても紹介されていました。
 特に経営計画の神様といわれた故・一倉定さんの話が好きで、社員向けの研修などで「ここ
は一倉先生の本の何ページに書いてある」なんて話をしていたそうです。古い社員の方からそ
んな話を聞いたことがあります。
 潮田前会長は、社長在任中に自らセミナーに通う程の勉強好きだったようです。しかも財務
分析、工程管理、品質管理、マクロ経済、マーケティング、労務、国際経済など、学ぶ範囲も
かなり広かったのだとか。
 同じセミナーには、大企業の役員・部長クラスの人も出席していたそうです。そうした人た
ちは、「大学の先生は実務を知らないから、空理空論で役に立たない」と話していた。
 ところが潮田前会長は、「学者は経営を普遍的に話すから、私にとって応用が利きやすい」
と感じたそうです。実際に、講義する先生たちの話は、つねに潮田前会長自身の経営の仕事の
関連で理解され、場合によってはすぐに経営に活かされたこともあるそうです。(『戦略力を高
める──最高の戦略を実現するために』平井孝志著、東洋経済新報社)
 潮田前会長のエッセイには「トップがみずからセミナーに参加せず、部長クラスが通っても
会社で役立っている様子がない。大企業に勝つチャンスだと感じた」とも書いてあります。
──小倉昌男氏(ヤマト運輸)
 もうひとつ引用しましょう。(ほとんど受け売り状態!・笑)ヤマト運輸実質創業者の小倉
さんは、常々「経営は科学だ」と言っていると聞いてノートを取っていました。その根拠とな
る記事を引用します。長いですが、私が言うより何百倍も説得力がありますのでここはちゃん
と読んでください。
 でもこの本、経営者は必読でしょうね。私もこの本では他のページでも引用していますし、
私自身、大分マネジメントの参考にしています。ちゃんと買って読んでね(笑)。
 「経営者にとって一番必要な条件は、論理的に考える力を持っていることである。なぜなら、
経営は論理の積み重ねだからである。
 経営にはいろいろな場面で計画が必要である。そして計画を立てるには、予測をしなければ
ならない。その予測が当たるか、当たらないか。経営者にとって鼎の軽重を問われる場面であ
る。
 前提条件があり、与件が与えられ、目標が決められ、行動に移す。そして、期待した通りの
結果が出るかどうか。それは、経営者の読みが深いか浅いかにかかっている。
 読みが浅いとか深いというのは、どれだけ与件を考慮したかによる。なるべくたくさんの与
件を考慮し、その重みづけが間違っていなかったら、正しい予測は可能なはずであるが、それ
が往々にして間違うのは、人間にかかわる与件は、常に不確実な要素を含んでいるからである。
 人間の心は常に動いており、また外からは測りがたいものがある。また、時と所によって、
人間の心は違う反応を起こすものである。人にはそれぞれ好みがあるが、それも流行によって
左右されるし、将来の不安があれば考え方も変わってくる。
 ただ、経営における予測は、それほど難しいものではない。事前に計画の段階だけではなく、
実施に移った後に、試行錯誤しながら条件を変化させてゆき、微調整をしながら計測していけ
ば、そんなに違いなく結果を予測できるものである。むしろ試行錯誤のやり方が大事なのであ
る。
 しかし、重大な決定をする場合には、やはり、計画の段階での予測が重要になる。こんなと
きは、充分に検討しなければならない」(『小倉昌男 経営学』小倉昌男著、日経BP社)
 ですから、経営者は経営の教科書を決しておろそかにしてはいけないと思います。
マイケル・ポーターとランチェスター!!
──マイケル・ポーターの競争戦略
──企業間の競争要因
 経営者は経営の教科書を決しておろそかにしてはいけない、と言いましたが、ではいったい
何を学べばいいのか。そこで私も実際に参考にしている経営理論を少しご紹介しようと思いま
す。
 私の個人的意見として、中小企業でも使いやすい経営理論は大きく二つあります。M・E・
ポーターの「競争の戦略」と「ランチェスター戦略」です。どちらも、言葉だけは聞いたこと
がある方も多いと思います。経営学の古典と言われるものですね。
 ポーターの「競争の戦略」は、自分の会社が属する業界や競合を分析する技法について解説
したものです。その分析技法は全部で八つありますが、中でも中心となる考え方は「ファイブ・
フォース」と「三つの基本戦略」の二つです(SWOT分析も有名ですが、ここでは省略しま
す)。
 みなさんの会社の属する業界では、日々激しい競争が繰り広げられています。この競争は競
合企業同士の争い、と思いがちですが、ポーターは競争をより広い意義に捉え直しました。そ
の広義の敵対関係を示したものが「ファイブ・フォース(五つの競争要因)」です。ファイブ・
フォースの影響を強く受ける業界ほど、競争は激しくなるという考え方です。五つの競争要因
とは次のものをいいます。
(一)新規参入者(新規参入の脅威)…
 参入障壁が低く、既存業者からの報復などもない業種は、様々な企業が業界に入ってきて競
争が激化します。M&Aなどによる参入は大きな脅威となり得ます。
(二)競争業者(業者間の敵対関係)…
 同じような規模の企業が多い、業界の成長が遅い、固定コストや在庫コストが高い、製品や
サービスの差別化がしづらい、買い手を変えるのにコストがかかる、戦略が良ければ成果が大
きい、撤退障壁が大きいなどの場合は、業者間の対立が激しくなります。
(三)代替品(代替製品・サービスの脅威)…
 その業界に属していなくても、その製品やサービスを代替する潜在能力があるものの間には、
競争関係が成り立つということです。音楽の流通がCDから音楽配信サービスに変わったこと
や、ティーバッグの紅茶がペットボトルに取って代わられるなどの例があります。
(四)買い手(買い手の交渉力)…
 取引先を変えるコストが安い、売り手の製品やサービスが買い手の製品やサービスの品質に
とってほとんど関係がない、買い手が十分な情報を持っているなどの場合、買い手の交渉力が
高まり、納期の面で業者同士を競わせたり、値引きを強要するようになります。
(五)供給業者(売り手の交渉力)…
 売り手の業界が少数の企業に牛耳られている場合などは、仕入価格の引き上げ、納期の延長
など買い手に対して高圧的態度で臨むことがあります。また、アップルのiPhone製造の外
注先だったサムスン電子がGALAXY携帯を売り出すなど、仕入先が突然同業者として新規
参入する脅威もあります。
 ファイブ・フォースで弊社が属する業界を見てみると、例えば、税理士の業界はつくづく恵
まれているなーと思いますね。
 五つの脅威のうち、まず(一)の新規参入の脅威。これは、税理士でなければできませんの
で、参入障壁が他業界よりずっと高いですから、新規参入が圧倒的に少ない。飲食店なんか、
すごく流行っていても、絶えず新規参入がありますから、うかうか出来ない。あっという間に
負けてしまいます。
 余談ですが、世界一と言われているウオーレンバフェットは、参入障壁の高い業種にしか投
資しないと言われています。
 仕入れもないですから、(五)の売り手の交渉力もありません。
 (四)の買い手の交渉力は、最近でこそ入札なども増えて来ましたが、特命受注もまだまだ、
かなりあります。これも他業界より恵まれています。
 真の脅威は、(二)のライバルとの競合、それから、(三)の代替品の脅威だけですから、五
つの競争要因のうち、五分の二で済みます。
 もっと絞れば、私の経験では、税理士業界は、代替品の脅威が一番でしたね。安くなったパ
ソコンの財務ソフトとの競合。私がこの業界に入った当初(約三五年前)は、試算表を作れる
だけで威張れましたものね。
 ある大会社の経理部では、経理部長だけが各勘定科目の残高を知っていて、部下が補助簿を
記載して、持ってくるとその残高を見ながら、「残高が違う」と何回もやりなおさせたという
話を聞いたことがあります。まだかけだしの頃の話ですが、ホント牧歌的な時代(笑)。
 でもあと一〇年後は税理士の業界だってわかりませんよね。
 弊社でも常々「俺の時代はまだもつだろうけど残り少ないから」と言ってはいるのですが
……。なかなか、なかなか(笑)。
──「ファイブ・フォース」競争戦略
 ところで、企業は外からの競争要因から身を守り、長期的に成長させていかなければなりま
せん。そのための基本的な戦略は、結局三つしかないとポーターは結論づけています。その三
つとは「コストリーダーシップ」「差別化」「集中」です。
 コストリーダーシップとは、徹底した低コスト体質を武器にして五つの競争要因に対処する
戦略です。差別化は逆に他の企業にない特色を作ることで五つの競争要因から身を守る戦略で
す。集中とは、経営資源を集中し、特定のセグメントでコストリーダーシップや差別化を図る
ことで競争要因から身を守る戦略です。コストリーダーシップと差別化がベーシックな戦略と
してあった上で、これを特定のセグメントで実行すると集中になるといえます(図1)。
 よく三つの基本戦略として、自動車メーカーの例を挙げています。コストリーダーシップは、
トヨタ。差別化は、かつて「六本木のカローラ」と言われたBMW、あるいはフェラーリかな。
集中は、小型車に特化しているスズキ。実にわかりやすい例です。
 大会社の例だから関係ないと思わないで、自社の戦略を構築する時の参考に私はなると思っ
ています。
 差別化は、おおごとに考えない方がいいですし、コストリーダーシップは、事業化出来た非
製造業(サービス業)での共通項です。これについては、後述します。
マイケル・ポーターとランチェスター!!
── ランチェスター理論とは
──自社が一位になるカテゴリーを探す
 税理士事務所を開業した当初、当時大手会計事務所の先生の話で、「地域を絞ってナンバー
ワンになる」と聞いた時、私は大きな衝撃を受けました。今でも覚えています。
 その後、その先生の会計事務所がナンバーワンになったかどうかはわかりませんが、これが
ランチェスター理論との初めての出会いでした。
 それから興味をもって買って「積ん読(積んどく(笑))」したのは田岡信夫氏の『ランチェ
スター販売戦略』でした。でも今でも思い出すのは、「セールスは、県単位でやってはいけない、
旧藩単位で攻めろ」ということぐらいですかね。当時、なるほどなーと思いました、今でも鮮
明です。
 ランチェスターを分かりやすく勉強するなら、『ランチェスター弱者必勝の戦略―強者に勝

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の原則』(竹田陽一著、サンマーク出版)です。読み物としてもとてもおもしろい。竹田
さんはその本で「戦略とは『合理的な勝ち方のルール』」と言っています。ランチェスター流
に言えば、ビジネスは、合理性七割、感性三割なのかな。
 さて、「ランチェスター戦略」は、セールスプロモーションビューローに所属していた日本
の田岡信夫氏の手により完成された戦略です。ランチェスター戦略の基本となったものは、イ
ギリスのランチェスター氏が第一次世界大戦を研究し構築した「ランチェスター理論」、アメ
リカのクープマン氏らの作戦研究班がランチェスター理論をもとに編みだした「ランチェス
ター戦略モデル式」といった、戦争時の戦力とその損害量を定量的に分析したものです。こう
した戦略を、社会心理学等の深い知識をベースに経営の分野に応用し、再構築したものが「ラ
ンチェスター戦略」です。
 ランチェスター戦略は、利益を出す(ひいては企業の財務体質をよくして持続可能な企業を
つくる)ためには、市場シェアを非常に重視するところが特徴です。さらに、シェアアップの
プロセスがシンプルでわかりやすく、効果も大きいというのも特徴です。
 シェアをアップさせるなんて言われても、うちは小さい会社だから無理だよ、なんて思うこ
とはありません。ここでいうシェアアップは、何が何でも全国一位のシェアを目指すのではな
く、一位になれるカテゴリーを探す、ということが大事だということです。
 たとえば、『経営ノート二〇一一』でも少しご紹介しましたが、スーパーマーケットの売上
高シェアを全国で見ると一位がイオンリテール、二位がイトーヨーカ堂です。ただ、この二社
のシェアの合計は二五パーセントにも届きません。逆にシェアのトップ四社を除いたその他の
企業の合計シェアは、なんと六割を超えています。地域のスーパーマーケットが相当頑張って
いることがよくわかりますよね。限られた地域で高いシェアを獲得する、ということはランチェ
スター戦略的なシェアアップの考え方に合致します。
 ですから、小売業界の特徴は局地戦だということになります。ナショナルチェーンが必ずし
も強くないことがおわかりでしょう(これは会計業界も同じです)。
 絞るカテゴリーは地域だけとは限りません。たとえば「自動車総販売台数」というカテゴリー
でシェアを見れば、トップはトヨタ自動車になります。ところがこれを「軽自動車」というセ
グメントに商品を絞ってみると、ダイハツ工業がトップシェアになります。
 もう少し細かくカテゴリーを絞る例もあります。いなば食品は、キャットフードというセグ
メント全体の国内市場シェアは第六位(七パーセント程度)ですが、キャットフードをさらに
細かく分けたキャットスナックのカテゴリーでは五割近い圧倒的なシェアを握るナンバーワン
企業です。
 私はランチェスター戦略のナンバーワンを目指す戦略を変形させて、「分子企業になる戦略」
というものを『経営ノート二〇一一』でご紹介しました。「分子企業になる」とは、まずその
カテゴリーの中で、その他大勢から抜け出して本気で勝負する企業になれ、という意味です。
どんなにカテゴリーを細かくしてもナンバーワンは難しい。であるならば、その他大勢を抜け
出すことを第一目標にする、ということは現実的な戦略ではないかと思います。(ナンバーワ
ンは、一つしかありませんものね)。
 もう一つ特徴的な点は、戦略の考え方を「弱者の戦略」と「強者の戦略」の二つに分けてい
る点です。何が強者の戦略で何が弱者の戦略か、は、後ほど詳しくご説明いたしますが、弱者
は弱者なりの戦い方がある、ということが示されています。心強いでしょう?
──トップは強者?
 企業の多くは弱者(業界二位以下の企業)ですから、大半の企業は、「弱者の戦略」が基本
戦略となりますね。でも地域や商品で細かくカテゴリーを分けていくと、大会社でも商品によっ
ては弱者であることが圧倒的に多いのです。ところが、大会社の場合、「自分はビッグだから」
という意識がどうしてもあるのでしょうか。弱者の商品で強者の戦略をとって失敗することも
たくさんあります。
 「俺はビッグだ!」と言って失速した芸能人を笑ってはいけません。大企業だって同じよう
な失敗をするのです。
 例えば、最強の頃のソニーの話です。元ソニー社長、出井伸之さんの本にこんな記述があり
ます。
 「ソニーのような『大企業』が満を持して新しいマーケットに参入すれば、後発であっても
破竹の勢いでマーケットシェアを伸ばしていくと思うかも知れませんが、実際にはそんなに簡
単ではありませんでした。レーザーディスクはパイオニアが社運を賭けて挑んできた商品。ソ
ニーの中の一事業部とパイオニア全社一丸となっての戦いとなると、そうそう勝ち目はありま
せん。
 私はこの後、当時の私と同じような『勘違い』をしている場面にずいぶんいきあたりました。
つまり、自分の事業部は『大企業ソニー全体』としてライバルと戦っていると思ってしまう。
交渉などでもやたらに強気で挑みますが、相手から見たら、ソニーという名前を背負っている
とはいえ、その事業部自体はほんの小さな新参者にすぎなかったりするのです。
 レーザーディスクでの苦労は、自らのビジネスの身の丈を知るという意味でいい勉強になり
ました」(『迷いと決断 ソニーと格闘した
10
年の記録』出井伸之著、新潮新書)
 現在のソニーの混迷を見ると、大会社でも「敵は内部にあり」なんですね。いわんや「中小
企業においてをや」
 弊社も地方にいくつかの支部があります。首都圏では多少この業界で知名度があるものの地
方ではまったく知名度がありません。
 ですから、東京から行った支部のヘッドには、くれぐれも業界大手と思うな、強者の行動を
とるな、我々は弱者だ、と戒めています。徹底できているかどうかはわかりませんが。
 ちなみに、地方支部のヘッドは東京から派遣していますが、「支部一つ潰してもかまわない
から思い切ってやれ」とハッパをかけて送り出しています。でもホントに潰したらどうしよう
(笑)。
 私の経験ですが、支部を作って一番良かったことは、支部に送りだした若手が育ったことで
す。ベテランは東京から派遣できませんから、人事はついつい若手になってしまいます。東京
だけでしたら、やはり若手には閉塞感が出て来たでしょうから、業績はともかく、若手が地方
展開で育ったこと、これが支部展開の一番の収穫だったと思っています。
─アバウト、シンプルでもいい
 余談ですが、新規事業に関しても、「俺はビッグだ」現象があります。こんな例は、トップ
自らやることが多く、余計始末が悪い(笑)。
 こんな経験があります。昔お付き合いのあった会社で、当時日の出の勢いの会社がありまし
た。若い人が新しいビジネスの企画をトップに持って行ったら、トップから「小さい、小さい」
とことごとく否定され、事業化されませんでした。
 当時、幹部が「どれか一つでも事業化されればなー」と嘆いていたことを今でも覚えていま
す。その後その会社でボツになった企画のうち、他社で事業化され発展したものもあります。
あの当時のその会社の勢いでしたら、もしやらせていたらば第二の事業の柱が出来たかもしれ
ないな、と思います。
 余談ですが、ナイキがまだベンチャー企業だった頃、当時の大手商社のニューヨーク支社に
創業者が出資のお願いに来たそうです。その後ナイキは大発展しました。その商社は、日本法
人を作る時も噛みまして、多大な収益を生みました。
 当時を知る人に聞きましたら、ニューヨーク支社長(当時)は、「あまり考えないで、おも
しろそうだから出資しただけだ」と言っていたそうです。
 今の日本の大会社では考えられないことですよね。
 こんなアバウトさ?が無くなったところにも、日本企業の低迷があるような気がします。
 シンプルだけど奥深い──というのが「ランチェスター戦略」です。
 私も競争戦略やランチェスター戦略に詳しいわけではありませんが(「なら言うな!」なん
て言わないで下さい・笑)どちらの理論も非常にわかりやすいな、という印象を持っています。
その普遍的なわかりやすさが、これらの理論が今でも頻繁に使われる理由なのかなと思います。

経営学は机上の空論ではなく、先人の知恵の結晶。経営を普遍的にとらえているので、自社の経営に置き換えて実行することができる。特にポーターの「競争の戦略」と「ランチェスター戦略」は、中小企業でも応用が利く優れた経営理論である。

2-1.先が読めない時代のリーダーとは

ガンバル経営
──日本の経営者に足りないカリスマ性
 本当は、リーダー論を語るほど、私に資格がある訳ではないのですが、戦略を語れば、リー
ダーを語らなければなりませんよね(笑)。だって、経営戦略の意思決定はトップしかできま
せんから。
 ちょっと前ですが、慶應義塾大学に清水龍瑩 (しみず りゅうえい)という面白い経営学の
先生がおりました。その先生は、アメリカを「マニュアル経営」、日本を「よろしく経営」と
名付けまして、私はいたく感心したことがあります。
 二〇世紀は製造業の時代と以前書きました。メーカーは、一度商品が当たれば商品の寿命が
長く、よろしく経営でも大丈夫、という話(怒られるかもしれませんが)。つまり、比較的リー
ダーシップを発揮する余地がない、ということです。
 昔、英語が苦手なある社長さんがいました。アメリカの会社との交渉事の後、皆の前で挨拶
を所望され、伝説のスピーチをしました。
 「ワン・プリーズ」(ひとつ よろしく)
 でも、現代のようになにが起こるか分からない時代、不確実性の時代のリーダーは、有事の
リーダーです。有事のリーダーは、ワン・プリーズと言うだけでは済まない(笑)。
 よくいわれるのは、サムスンと日本の電機メーカーとの対比です。
 「日本の電機メーカー全社が束になっても、サムスンの利益にかなわない。一番の違いは、トッ
プの違いだ」。雑誌では、「皇帝対サラリーマン」と比較しています。このトップの差が、情報
収集力と意思決定の速さに繋がって、ひいては、業績に繋がっている。
 たしか、大分前の新聞の記事で、現会長李健煕(イ・ゴンヒ)氏のことを書いていました。
まだサムスンが日本のメディアに頻繁に登場する前のことです。
 李会長は、「日頃、個人の事務所に閉じこもり、本ばっかり読んでいる。しかし、大事な決
断は、自分で現場を見て行う」
 確かこんな記事だったような気がします。私は、その記事に注目していました。それから、
何年かして、サムスンの時代が来ましたね。
 ストレスや不確実性の時代のリーダーは「カリスマ性が最も適している」。サムスンの例を
見ますとなるほど、と思ってしまいます。
 日本にも数が少なくなりましたが、カリスマ性のオーナー経営者は存在します。
 ソフトバンクの孫正義社長、ユニクロの柳井正会長兼社長、日本電産の永守重信社長、大御
所では、京セラの稲盛和夫創業者など、経営雑誌にいつも出てくるのは同じ顔ぶれ。カリスマ
も人材不足?
 これも、日本の産業の低迷の一因かもしれませんね。孫さんをよく知っている人に「どんな
人ですか?」と聞いたことがあります。「なにしろリスクを張る。かなわない」こんな答えで
した。その方も、一部上場企業の名のある経営者でしたが、そういう人でさえ、そんな答えで
す。
 「エンジンも強力だけど排気ガスもすごい」こんな揶揄も聞いたことがあります(笑)。
──カリスマ経営者たちの執念
 さて、いろいろな雑誌の受け売りですが、カリスマ経営者として名高い故スティーブ・ジョ
ブズ氏と孫社長は「共通項がある」そうです。これは、不確実性のリーダーとして参考になり
そうなので、メモしてみますね。
 まず、人生最悪の出来事でさえ、前向きに捉えています。ジョブズ氏は一九八五年に自らが
創業したアップルから追放される憂き目を見ますが、「クビは私にとって最良のことでした」
と振り返っています。孫社長もB型肝炎闘病中に「神が与えたもうた、いい休息なのだ。この
際、じっくりと財務諸表でも見て、会社全体の経理面をじっくり研究し、来るべき二一世紀の
闘いに備えよう」と考えたそうです。
 次に「どんな価値を提供するのか」を見据えて妥協しないこと。「(ジョブズ氏は)何もつく
らなかったのに、すべてをつくった」(ジョン・スカリー氏がジョブズ氏を評して)、「専門家
たちを集めたプロジェクトチームを作ってやったほうがいい」(孫社長初めてのプロジェクト、
自動翻訳機の開発のときの言葉)と、技術者をうまく使って自分の思い描く価値を実現する姿
は似ているのかなと思いました。
 それから、いわゆる「人たらし」と「しつこさ」。ジョブズ氏はアップルを追い出された後
のいわゆる失業中に、『スター・ウォーズ』シリーズで成功を収めた名監督ジョージ・ルーカ
スを追い回し、ピクサーの前身となるCG部門の買収に成功しました。孫社長も、ジフ・デー
ビス出版部門の買収に一度は失敗したものの、その後ジフ・デービス展示会部門の買収に成功、
その一年後に念願の出版部門も買収しました。一度ダメでもあきらめないしつこさ。
 「木村拓哉を(CM出演で)ドコモから奪ったのも、孫社長の人たらしだ」こんなことも書
いてありましたが、真偽の程はわかりません(笑)。結構マスコミもいい加減ですから。
 妥協しない、人たらし、しつこさ・執念──このあたりが、カリスマ経営者のキーワードか
もしれませんね。
 さて話は変わって「情熱、熱意、執念」「知的ハードワーキング」「すぐやる、必ずやる、出
来るまでやる」という三大精神に集約される独自の経営哲学を持って、常に前向きで積極的な
考え方・行動の重要性を説き、最も注目される経営者の一人として、その言動が各方面から注
目されているのが、日本電産の永守重信社長。
 「三六五日、朝から晩までずっと燃えている」
 「あなたの旦那さんは絶対に麻薬をやっている。そうでなければあんな働き方はできない。」
(これは永守社長の奥さんが知り合いから言われたそうです。)
 「一番以外はビリと同じ」
 「努力は人を裏切らない」
 「新幹線で寝る奴はバカだ」
(ある人が新幹線で永守さんを見たそうです。寝るか寝ないかみていたそうですが、答えは「やっ
ぱり寝なかった」・笑)
 といった言葉に代表されるように、カリスマ経営者の永守社長は猛烈社長のイメージが強く、
狩猟民族のリーダーのイメージそのもの、といった感じがします。
 独裁者、との批判を受けたファーストリテイリングの柳井会長は「ここまでやっているから、
あれだけの業績が上げられる」との評価もあります。
ガンバラナイ経営
 成長企業の経営者は、生まれ持った素質もすばらしいのでしょうけれど、その人ですらここ
までしなければ社長は務まらないのか。
 そう思った折に出会ったのが「がんばらない経営」という言葉です。提唱しているのは家電
量販店ケーズデンキの加藤修一会長です。都心の立地には見向きもせず、郊外の大型店がほと
んど。ポイントカードは発行せずに現金値引きで還元するのが特徴です。
 加藤会長は残業をほとんどせず、午後六時頃には会社を出て飲みに繰り出すそうです。業界
でダントツ一位のヤマダ電機の山田昇会長は「がんばらないなんてお客様に失礼だ」としばし
ばケーズデンキを評するそうですが、気づいたときには六四年間連続の増収、全国に三六〇店
舗超、近年業界三位にじわりと浮上してきました(図1)。
 がんばらないケーズ流の経営とは「できもしない目標に向かって無駄な努力はしない」とい
うこと。それに加えて同じように重要なのが「でも基本的なことは確実に実行する」というこ
とだそうです。なんだか禅問答のようですが(笑)。
 無駄な努力をしない、ということをもって「がんばらない」と言っているのだと思いますが、
ケーズデンキの実態を見ると、電機メーカーのケーズ担当者が舌を巻くほどの徹底したローコ
スト経営を実践しており、価格交渉もシビア。直近の売上高経常利益率は六・四パーセントと
売上高が三倍のヤマダ電機と肩をならべてトップクラスを誇っています。
 つまり、やることは徹底的にやっている。
 このご時勢で「がんばらない」と言い切る達観は、やはりカリスマなのかなと思いました。
 試しに私も言ってみました。
 「がんばらなくていいから、結果を出せ」
 すると「がんばらなくて結果が出なかったらどうしますか?」
 「おまえはクビだ!」(笑)
がんばるには方向性がある
──「差別化」とM&Aで企業を成長させる
 企業の生き残りに必要な三つの条件がある、と言います。(『時代の“先”を読む経済学 日
本と世界の潮流をつかむ
70
の視点』伊藤元重著、PHPビジネス新書)
 (一)もっとがんばる
 (二)差別化する
 (三)M&Aをしてライバルを消す
 高度成長の時は、(一)が有効でした。がんばれば結果がでました。
 でも今はがんばればがんばるほど、結果が出ない。ライバルを意識しすぎると過当競争に陥っ
てしまってしまいます。
 商品の差別化も難しい。今の時代商品にあまり、差が出ませんものね。また差別化の寿命も
短く、すぐマネをされてしまいます。
 そう考えますと、一番有効な手段は、マーケットが縮小していく今の時代はM&Aが必然の
戦略になってきます。M&Aは、マージャンのようにツモれば相手との差が倍になります。ま
た、オセロゲームのようにライバルを一瞬に味方にできます。
 ですから、一番労力を使って効果が薄いのが「がんばる」という戦略です。日本人は「がん
ばれ」と言われると条件反射のように「やります! がんばります!」と言ってしまうのです
が、がんばる方向性を間違えると、顧客の言うことを聞いて過度な値引き要請や極めて短い納
期を受けざるを得ない状況に追い込まれます。最終的には消耗戦に突入しますから、よほど体
力があるところでなければ生き残れません。右肩上がりの経済成長下であれば、がんばって無
理をした分は経済成長が補ってくれるため、がんばった分だけ自然と結果が出てきます。とこ
ろが今の経済状況下では、がんばることが有効かと言われるとクエスチョンマークがつきます
ね。
 (二)の「差別化」ですが、これはうまくいけば大きな効果が見込めます。しかし「言うは
易く行うは難し」ですね。これは! と思えるような差別化は結構難しい。仮に、差別化路線
の製品やサービスを打ち出せたとしても、すぐに類似品やより利便性の高いものが出てくる可
能性もあります。個々の打ち手はすぐに真似されてしまいますからね。
 ですから、差別化をするならばブランド戦略や知名度を上げるやり方が一番現実的ではない
かと思います。ここでもケーズデンキは面白い戦略をとりました。水戸市内に二店舗目を出店
した頃、流通業界で黄金期を築いていたダイエーが水戸市内に進出したそうです。問屋から仕
入れた価格よりもさらに安く販売するダイエーにはまるで歯が立たない。問屋を通さずにメー
カーと直接交渉して何とか価格は互角になったものの、それでも客は街中のダイエーに流れて
しまう。そこで考えたのが、ダイエーに通じる街道沿いに大型店を出店し、「水戸の秋葉原」
とデカデカと看板を掲げたそうです。不思議なことに、ダイエーはびくともしなかったけれど
も、周囲の電器店がばたばたとつぶれていったそうです。(『週刊東洋経済』二〇一一年九月
一〇日号)
 ブランドとは自分が何者なのかを示すものでしょう。ケーズデンキが他の電器店から一歩抜
け出せたのは、「私は水戸の秋葉原」と大々的に示したことが原因の一つではないかなと思い
ます。看板一つの「がんばらない戦略」でしょうか(笑)。
 もう一つ、差別化できるポイントはサービスの差別化。あいさつをきちんとする、ビジネス
マナーや礼儀をわきまえている、といった基本的なところでも、徹底すれば十分、差別化のポ
イントになり得ると思います。
 輸入食材を多く取り扱うスーパーマーケット・成城石井の社長だった大久保恒夫さんに聞い
たことがありますが、「あいさつ」をきちんと徹底させただけで売上が増えたそうです。
 最後の「M&A」は、買収するための資金が必要などのハードルがあります。しかし、買収
により、買収先企業の人材、ノウハウ、技術など有形無形の財産を手に入れることができます。
何より買収された会社のシェアを自社のものにできる上、敵が一社いなくなることのメリット
は大きいといえるでしょう。M&Aは、一から積み上げていくよりも、「がんばらない」でシェ
アアップが望める戦略です。
──M&Aは単純ではない
 私の経験を少し話します。
 私自身、弊社でM&Aを体験してきました。東京で規模が多少拡大できたのも、旧辻会計と
本郷会計の合併(二〇〇二年のことでした)によるものですし、支部の多店舗展開が短期間(五
年)で出来たのも、地方の先生の事業承継をお手伝いした結果が大きいと言えます。
 私の経験から言うと、単純にM&Aをしただけでは不十分だ、ということ。規模が大きくは
なりますが、収益性を確保するには、ひと工夫が要りますね。
 まず、営業力が求められます。単純M&Aでは、M&Aをしたときがピークで後は売上減少
するだけです。しかもコストはM&Aで膨らんでそのままですから、売上を上げないとまずい。
 ですから、かなり営業力のある会社ではないと、単純M&Aだけではどうでしょう? とい
うのが感想です。
 古い話ですが、合併で出来た新日鉄が、合併後全然売上が増えていない。大分前ですが、こ
んな記事を読んだ記憶があります。この記事は、なぜか印象に残っていますね。
 またM&Aは、財務がいい企業ほど優位性がありますね。
 最近、コダックの倒産で、富士フイルムがその比較で注目を浴びています。富士フイルムは、
M&Aで多角化しました。
 富士フイルムは、かつて「高樹町(旧本社の地名)の貯金箱」というくらい、財務が潤沢で
した。その豊富な資金でM&Aをしたのですから、少々の失敗には目をつぶれます。
 自己資金でできればよいのですが、もしM&Aの度に銀行に頼っていたらリスクが膨らみま
すよね。
 さらにM&Aはすべてにおいて人間関係がからむ話です。単純にはいきません。この手の話
は、当事者がお墓まで持っていく話も多いのではないでしょうか。
 ところで、私は個人的に、住生活グループに注目しています。
 「健康の為なら死んでもいい」という話がありましたが、「M&Aの為なら死んでもいい」な
んて感じでM&Aを繰り返しています。正しい戦略だったかどうかは、何年後かに結果がでま
すね。
 なぜがんばらなくても成長できるか、そのヒントはケーズデンキにありそうです。
 がんばらない経営のケーズデンキは、M&Aを効果的に利用して成長してきた企業です。ヤ
マダ電機が大型店をテコに当時業界トップだったコジマを抜いて業界トップの座に躍り出たの
が二〇〇二年。その後、ヤマダ電機の攻勢に耐えきれなくなった地方の家電チェーンが相次い
でケーズの傘下に下ってきたそうです(図2)。
 M&Aをして企業を再生させ扱ってきた日本電産の永守社長は、M&Aの注意点として三つ
のポイントを挙げています。
 まず一つめが、「その会社を買ってすぐに合併するとか、本社から社長を派遣するとかいう
ことをしない」。永守社長はこれを連邦経営と呼んでいるそうですが、基本的には従業員も経
営者も替えずに一緒に経営していく、と言います。
 二つめが、「買収する会社のブランドを残す」。元のブランドが残っていることは、被合併法
人の社員に大きな安心感を与えると言います。
 三つめが「再建が終わったら基本的に本社の人間は全員引き上げる」。買収当初はいろいろ
な応援をしなければいけませんから、本社から応援の人を出すそうですが、再建が終われば人
の面で元の会社に戻す、ということです。
 M&Aというと、とかく合併法人が被合併法人は傘下だ、とばかりに人を大量に送り込んだ
り、性急にやり方を押しつけたりしがちですから、このあたりは注意したいところです。
 がんばりすぎないこと、差別化すること、M&Aは、右肩下がりの経済下でも有効な戦略に
なると思います。

リーダーは、いつも有事と思い、準備すること。何が起きてもびっくりしない胆識が必要。タフであれ! また経済が下り局面を迎えた今の時代には、ブランディングなどによる差別化やM&Aを積極的に活用することは、大きな企業戦略となる。

3-1.非製造業の産業化

デフレ時代でも成長した理由
──一歩先を行けばいい
 『経営ノート二〇一一』では、しまむら、ニトリ、ユニクロを例に、一九九〇年代日本がデ
フレ時代に急成長した企業の特徴はSPAと言われる、製販一体型とローコストオペレーショ
ンだと書きました。
 つまり、製販一体型で粗利を高めて、カテゴリーを絞って成長を促進させ(単品、単一業態
の方が、成長速度が早い)、ローコストオペレーションを実行するしくみ、業態を開発したと
ころだけだと強調しました。
 格安航空会社(LCC)の時代の到来まで言及しました。
 一方、成長会社のもう一つの共通項は、既存の伝統的業種で、決してITのような最先端の
業種ではないとも書きました。
 しまむら、ニトリ、ユニクロ、アイリスオーヤマ──皆、伝統的な業種の業態開発に成功し
た企業ばかりです。
 私は、しまむらの実質創業者である藤原秀次郎相談役に、「会計業界で成長するには?」と
お聞きしたことがあります。
 一言、「遅れた業界は一歩先を行けばいいんですよ」との答えでした。
 これも『経営ノート二〇一一』で、衰退業種で成長する企業のポイントとして書きました。「あ
あそうか!」と、すごくその答えにハラオチした記憶が今でも残っています。
──しきたりの厳しい業界もビジネスチャンスあり
 話が少し横道にそれますが、「シキタリと習慣がきつい業界も参入しやすい。強い業種が少
なく、似た者同士が多いから差別化がきくのだ。その代わり今までの商習慣を破るわけだから、
同業者からの批判の集中砲火を受けるのは避けられない」(『ランチェスター弱者必勝の戦略』
竹田陽一著、サンマーク出版)
 これは、ランチェスター研究で有名な竹田陽一氏の言葉です。
 業界が護送船団のようになっており、比較的競争のない業界は、今でもかなりあります。そ
の中で嫌われるのを覚悟すれば(笑)かなり成長の可能性があります。
 私が会計事務所を開いた頃ですが、当時急成長していた同業がありました。そこの所長さん
は「私はことごとく税理士会の意向と反対なことをしたのが伸びた原因」と言っていたことを、
間接的に聞いたことがあります。
 今では、お医者さんでも、医師会未入会で、休みとか診療時間を自由にやっているドクター
も出て来ました。でも現実には、まだまだおきて破り(?)の企業は少ないですよね。
──気づきを得た一言
 ところで、先日何気なくCDを聞いていましたら、イタリアンレストランチェーン、サイゼ
リヤの正垣泰彦会長の話でした。(『日経トップリーダー』付録のCD、二〇一一年二月号)
 題名は「フードビジネス(サービス)の産業化」。
 「あ! そうか」ホントに、スーッとおなかに入りました。
 前述した、デフレ時代に成長した企業は、一言で言えば、「非製造業を産業化」したところ
なのだ。ローコストオペレーションとか『経営ノート二〇一一』で書いたことが、正垣会長の
ひとことでハラオチしました。
 言い換えますと、「非製造業、サービス業は、産業化できた企業が勝利する」こんな仮説が
出来上がりました。
──二次産業と三次産業の違い
 次に引用するのは、ヤマト運輸の実質創業者である小倉昌男さんの著書からの孫引きです。
 東商主催の講演会での話で、当時の通産省(現・経済産業省)の外郭団体の若い研究員が講
演したときの話をこのように書いています。
 「彼はいきなりこんなことを口にしました。
 『商業など三次産業は、製造業に比べ企業規模が零細で、労働時間が長いから、非近代的だ
と思われているが、そんなことを気にしてはいけない、それは産業の特質によるもので、仕方
がないのだ──』
 私はびっくりして聞き耳をたてました。講演の要旨は次のようなものだった。
 『製造業は商圏が広い。製品には全国ブランドが多いし、地方ブランドのものでも商圏は地
方ブロックが普通である。それに比べ、小売業の商圏は非常に狭い。大きな百貨店やスーパー
でもせいぜい店舗のある都市内程度で、普通は数キロ以内である』」
 「さらに両者が抜本的に違うのは、製造業が商品の在庫を抱え、時間をかけて売っていくの
に対し、小売業は一日一日が勝負である点だ。
 特に運輸やホテルのようなサービス業は、『在庫』を持つことができない。今日売れ残った
座席や部屋を明日売ることは不可能なのである。だから、小規模なのは当たり前で、その代わ
り、多店舗化しなければならない。
 また販売の機会損失を防ぐためには、どうしても長時間営業をせざるを得ない。ただし、長
時間営業を必要とするから長時間労働をさせるというのは間違っている。
 とにかく、三次産業の営業が週休二日だったり、一日八時間にすることが近代化と考えるの
は、大間違いである──」(『小倉昌男 経営学』小倉昌男著、日経BP社)
 私が会計事務所を始めたのは、一九七七年で今からもう三〇年以上前の話ですが、その当時
ですら、もちろん新参者のせいもありますが、製造業(メーカー)の新規のお客様は取れませ
んでした。
 ですから、既にその当時から、日本はサービス業の時代に移行していたのですね。
 私の実感では、一九八〇年代から本格的にサービス業の時代に移行したと思っていました。
でも現実には、日本は一九七〇年代からサービス業への移行が始まっていたのですね。
 小倉さんによれば、
 「昭和四〇年代は、高度経済成長の波を受け、流通革命が唱えられ、商業は卸、小売ともに
近代化の推進が求められていた。製造業=二次産業では、労働時間の短縮、週休二日制など企
業経営の近代化が進んでいたが、商業や運輸業などの三次産業はずいぶんと遅れていた。東商
でも商業部会を中心に、時短を推進する会議がしばしば開かれた。」(同書)
 そんな議論をしている矢先に、冒頭の通産省外郭団体の若い研究員の講演です。今思うと、
その講演の方が実は正しかった。
 当時、高度成長時代でしたから、一斉に三次産業(サービス業)も時短、週休二日制と休日
を増やす方向へシフトしていきました。
 でも今はどうでしょう、低成長時代に突入してものが売れない時代になりますと、百貨店を
始め、流通業は、ほぼ年中無休が常識となりました。あの和光でさえ、日曜日の営業を始めま
したからね(笑)。
──サービス業の産業化はずっと前から始まっていた
 当初、私は、失われた二〇年のデフレ時代の成長のキーワードは、産業化、事業規模になっ
たところだけと考えていました。
 でも、失われた二〇年になるよりもっと前、一九七〇年代から非製造業(サービス業)を制
したものは、産業化できたところだけだったようです。
 ですから、百貨店の衰退の原因の一つは、他の小売業との休みの差で負けたともいえるので
はないか? 今ではこんな風にも思っています。
 日本は高度成長だったので、産業化の効果が目立たなかっただけで、産業化できなくてもソ
コソコできた時代。しあわせな時代でした。
 総合スーパー(GMS)だって、産業化の基礎は一九七〇年代に作りましたし、小倉さんの
ヤマト運輸だってあの手間のかかる個人の集配を事業にできたのは、運輸業の産業化ができた
からです。
 ヤマト運輸でも、七〇年代からすでに快進撃が始まっていました。
 そう言えば、プレハブ業界もいわば、「建築の工業化」だったんですね(日本経済新聞 
二〇一二年三月一日 私の履歴書 樋口武男・大和ハウス工業会長)。
 私の気がつくのが遅かっただけで、非製造業の産業化はづっと前から始まっていたのです。
──そもそも「産業化」とは
 サイゼリヤの正垣会長がなぜサービスの産業化を考えたかというと、一つは、飲食店に働く
人達の給料が他の業界に比べ二分の一以下なので、なんとかしたかったということ。もう一つ
は、サイゼリヤの客数や店舗を開発して、結果、道路や学校などの社会的インフラへ変えるよう
な社会貢献をしたかったからだ、と言います(前述CDより)。
 なぜ低賃金なのかというと、仕組みが他の業界と違うから。正垣会長は、飲食業の仕組みを
変えて、賃金を上げられるような企業にしよう、こう決意したそうです。
 その為には、単純に問屋から仕入れて売るだけでは付加価値がつかないので、商社、問屋、
メーカー、物流、あらゆる機能を全部自前でやる、ということを決めました。
 給料を上げること、社会インフラを作ること、この二つをもって、正垣会長は「産業化」と
考えたそうです。
 その道のりを正垣会長は、産業化に五〇年かかると言っていました(図1)。
 (講演当時(二〇一〇年一〇月)、サイゼリヤは個人営業を開始から四三年経過していました。
ですから、産業化の仕上げの時期ですね。)思っても実行には、やはり長い年月がかかります
よね。
 ともあれ、改めて産業化の定義を見てみましょう
 Wikipediaで「産業化(工業化)」という言葉を調べてみると、
 「(厳密な定義は困難であるが)概ね、人力や畜力を離れ蒸気力や電力といった非生物的な動
力の採用と産業の機械化を決定的な契機として、社会全体の変化が引き起こされるという点で
一致している」
 「W・W・ロストウは工業化の決定的段階をもたらす条件として、
 一.生産的投資率の一〇%以上への上昇
 二.製造業部門の高成長
 三.経済成長を可能にする政治的、社会的、制度的枠組みの整備
 の実現を挙げており、これらの条件を満たすことにより、工業化への離陸(テイク・オフ)
が可能になるとされる」
 とあります。サービスを「産業化」するというのは、たとえば大量生産方式にする、分業化
をするなど、サービスの生産性と効率性を上げながら、経済社会の枠組みを整備していくこと、
ということでしょうか。
 これは、社会経済の中心が製造業からサービス業に変わったときから少しずつ変化すべき
だったかもしれませんが、どうにも遅れているな、という気がします。サービスはまだまだアー
トや職人のような世界に思えてなりません。
 思えばこれまでご紹介してきた企業は、戦略が優れていて不断の努力をしていることに間違
いありませんが、その努力の方向が一様に「サービスの生産性と効率性を上げる『サービスの
産業化』」に向かっているのではないか、そう思いました。

最先端の業種でなくても成長できる企業の共通点は、サービスを産業化できた企業であること。日本は一九七〇年代頃からサービス業への移行がはじまっているが、サービスの生産性や効率性をあげる戦略は、成長企業へのカギになるだろう

4-3.営業の「理論も実践も」は難しい?!

ランチェスター理論の実践
──実践のハードル
 さて、私個人的には、ランチェスターの営業実践は、これはこれで実行するのにハードルが
高いと思っています(誤解しないでください。ランチェスターの批判ではないのです)。
 単純に言いましょう。弱者という前提で考えてランチェスターの地域戦略を取るとします。
 ある程度の営業マンの数がいります。
 同時に、商品がその地域に受け入れられなければなりません。
 でもその地域には、全国ネットの強者だけでなく、地元の強者もいます。
 ランチェスターは、ブームの時がありましたから、古いお客様で、これをやったことがある
人は何人か知っていますが、正直、成果は「日光の手前の駅だった」(今市=いまいち)だっ
たと言います。
 あまり理論が分かりやすく、素晴らしすぎるのかな? ともあれ、良い理論ではあるのです
が。弱者でもホントに弱者だったら、このやり方は無理ですしね。
マーケティングファースト
──マーケティング担当がいるアメリカの会計事務所
 もう二〇年前に親しかったアメリカの大手の会計事務所(世界中で一番大きい四つの会計事
務所を、通常「ビッグ4」と言います。)のパートナーだった人が、しきりに言っていたのは、
「マーケティングファースト」でしたね。あとの英語はわからなかった(笑)。
 その頃、アメリカの会計事務所のツアーを随分しました。
 一番びっくりしたのは、ちょっと大きい会計事務所には、マーケティング担当がいたことで
した。どんな顧客獲得をしているかと聞きますと、大体、セミナーアプローチでの顧客獲得手
法でした。
──紹介中心の日本の会計事務所
 日本では、会計事務所のお客様の獲得方法は、主に知り合いから紹介されるか、金融機関か
らの紹介です(今でも日本では基本的に変わっていません)。
 弊社も主に大手の金融機関からの紹介で、お客様を獲得していましたから、「つくづく日本
は恵まれているな」と思ったものでした。
 私より少し前に会計事務所を開業した先輩に、「都市銀行(当時。現在のメガバンク)の近
くの支店、および支店長さんと仲良くなっていれば十分食える」と聞いたことを覚えています。
 今思うと良き時代でしたね。
 さてその頃聞いたセミナーも衝撃的でした。
──キリストのマーケティング力
 「世界一のセールスマンはイエス・キリストである」
 「イエス・キリストはキリスト教を作ったことより世界中に普及したマーケティング力だ」
 キリスト教の信者は、怒るんじゃないかな(笑)。
 イエス・キリストは、偉くなる前に、エルサレムの近くの湖で魚を獲りに来る人から、みか
じめ料をとる仕事をしていて(今で言う、ショバ代?)、商売の感覚があったのかもしれません。
 その時、(ショバ代を払いたくなくて)漁獲量をごまかす人がいたらしく、それから、「サバ
を読む」という言葉が生まれたと、聞いたことがありますが、真偽の程はどーかな?
マーケティングで勝って営業で負ける
──売上は営業で決まる
 これは、ライオンと花王の例で『経営ノート二〇一一』でも書きましたが、理論(理屈)で
勝っても、具体的な営業で負けるケースが多くあります。
 「マーケティングで勝って営業で負ける」。昨年と重複しますが、ライオンが花王に負けた理
由を引用しますね。
 「アスクルの岩田彰一郎社長が雑誌だったと思いますが、印象的なことを言っていました。
岩田社長がライオンの社員でマーケティング担当だったとき、ライバルの花王と比べてライオ
ンがマーケティングで一歩リードしていたにもかかわらず、ある時から負け出した。
 その理由は、花王が、販売会社を使ってライオンの約一〇倍の人数の営業マンを動員して商
品を販売したことにありました。当時の花王は、丸田芳郎(まるたよしお)さん、という有名
な社長が指揮をとっていました」
 (ちなみに岩田社長は大学卒業後、ライオンでマーケティングをされ、三五歳のころに文房
具メーカーのプラスに転職。その後、プラスの一事業部としてアスクルを立ち上げた。文具の
通販という新しい業態、ビジネスモデルを開発した立役者である)(『経営ノート二〇一一』拙
著、東峰書房)
 商品に差別化がしにくい時代は、営業力が決め手、しかも営業マンの数に比例することを、
当時の丸田社長はよく知っていたんですね。
 花王HPによれば、丸田芳郎氏は、「一九七一年、社長に就任。一九八五年社名を花王と改
称する。一九九〇年六月会長)となっています。
 キャッチは、「実験の鬼・仕事師、比類なき『確信の人』だ。 ある日湧き出でるアイデアを
『神の啓示』と頑に信じ、遮二無二突き進む。このエネルギッシュな思い込みが、数数のヒッ
ト商品を 生みだした」
 丸田社長時代に花王は単なるせっけんメーカーから日本最大のトイレタリー・メーカー(総
合化学薬品・家庭用品メーカー)に押し上がりました。
 花王は一九八四年三月期年商三三〇六億円を達成したとありますから、この時代にライオン
を抜き去ったんですかね。
──企業はトップで決まる
 それにしても、当時の社長在任は丸田さんの例でも二〇年近くやっています。ことをやり遂
げるには、今の日本のビッグビジネスのトップの在任期間はあまりにも短すぎる。丸田さんの
例を見るまでもなく感じます。
 それと企業は、人、トップ次第ということもつくづく感じますね。
 これも余談ですが、「広告は商品の肥やしだ」と言って日本で初めて広告に力を入れたのは
ライオンの創業者、小林富次郎(こばやし とみじろう)氏だと言われています。これもトッ
プが偉かった。
 やはり企業はトップで決まる?
もうひとつの営業力の話
──大群は勝利する
 ナックという、東証一部に上場している会社があります。この会社はダスキンの日本最大の
代理店です。
 ナックの創業者 (名誉会長)の西山由之 (にしやまよしゆき)さんが書いた『小説 店頭登
録銘柄9788物語 徒手空拳から100億円つかんだ男のビジネス戦記!』(ビジネス社)
という本があります。その中でなぜナックが躍進したかというこんなくだりがあります。
 「ダスキンも少しずつ注文が取れだした。けれど、こんな少しずつでは一〇〇億やるのに
一〇年掛かる。なんとかこのチンタラムードを脱出しなければ、一〇〇億はおろか一億だって、
疑わしい。
 そんなことを考えながらテレビを見ていた。ドラマは終戦記念の戦争ものだ。学徒動員だ。『う
ん? 学徒動員』『やっぱり大軍はおおかたその戦いに勝利する』──そりゃそうだ。『学徒動
員をしちゃえ』
──学生大集合
 思い込んだら西田(西山)の行動はすばやい。学生援護会に行って広告掲載の依頼をし、返
す刀で資金集めを開始した。学生アルバイトを大量に雇うつもりなのである。
 学生諸君に告ぐ!
 金を稼ぎたき学究の徒は来たれ!
 男女七歳にして席を同じうする職場なり!
 日給三五〇〇円 乞うご期待!
 少し大時代なキャッチコピーを載せてみた。部下たちは、変だの、おかしいのと、全員が反
対したけれど…。しかし西田は部下たちの、そういう進言を一切無視してあえて掲載してみた。
それが当たった」
 「来た、来た。学生諸君大集合である。なんと七〇人も来てしまった」
 やはり営業マンの大量投入がナックの飛躍の大きな原因です。しかも金のない時代に勝負し
たのですね。
人間はハラオチするまで時間がかかる
──経営者の決断力
 「決め手はマーケティング力」「マーケティングファースト」なんて思っても、人間というの
は、わりと愚かでハラオチするまで、長い年月がかかります。
 土地神話というのが日本のバブル崩壊までありました。戦後、土地の価格は上がりっぱなし
で、土地だけは別もの、日本の土地は下がらないと思っていたんですね。
 私自身も土地は絶対下がらないと思っていましたから、バブル崩壊で土地が下がって来ても
正直一時的だろうと思っていました。私の知人は、下がって「今が買い時だ」と言って、また
土地を購入し、再び、大きく損を広げた人もいました。
 そして一〇年ぐらい下落が続いて初めて、ああ土地だって下がるんだ、私の真のハラオチは、
一〇年かかりましたね。
 頭で「営業が決め手」と思っても、実際の行動に移すのには、私自身、結構時間がかかりま
した。ですから、弊社でも具体的に営業の人を雇いだしたのは、二〇〇〇年を過ぎてからです。
それもぼちぼち、チマチマ(笑)。
 だから、ナックさんの例を見るまでもなく、事業を成功させる人は、すごいな、といつでも
思ってしまいます。
 優れた経営者は、勝負ごとはチマチマやらないですものね。

営業理論はわかりやすいものもあるが、実践するとなると話は別。実際に営業マンを大量動員するなど、ある種の力業も必要となる。また理論的に大事だと思っても、真の意味で納得(ハラオチ)するには時間がかかるものだ。

5-2.労働生産性を考える

インセンティブ制度の挑戦と限界
──軽視できないマイナス面
 既存企業にとって休みが多く、賃金が高値安定傾向だとすれば、企業が競争力をつけるには、
労働生産性を高くするか、リストラするか、どちらかしかありません。そうしないと、世界的
にも、あるいは日本の中のベンチャー企業にも負けてしまいます。
 リストラはさておき、労働生産性を上げる一番シンプルで効果的なのは、従業員のやる気と
競争心を刺激することです。
 その為には、金銭的インセンティブがわかりやすい。
 例えば、餃子の王将には「毎月優秀店には特別ボーナス支給」する制度があります。『日経トッ
プリーダー』(二〇一〇年九月号)で、立ち食いの富士そばの創業者・丹道夫氏(ダイタンフー
ド代表取締役社長)は、
 「人間が自発的に働くためには、二つの仕組みが必要。一つは、任せるからには、トコトン
任せる。二つには、頑張ったら頑張っただけ、給料とポストを与える仕組みだ」
 と言っています。
 確かにこの王将モデル、富士そばモデルは分かりやすく、効果的です。でも一方では、長く
続かないモデルでもあるのです。
 私の経験では、優秀な店長なり、マネージャーは偏り、いつも表彰される人は特定される傾
向にあります。
 するとまたあの人かという風になってしまいがち。大多数を白けさせるというマイナス効果
にもなってしまいます。
 それと金銭的インセンティブには限界があります。一度目は効果的です。決算賞与を出すと
喜ばれます。でも次の年に出さないと今度はなんで出さないのだ、とこうなります。
日本のビジネス風土
 「腕のいいトレーダーが何百億円稼いで、その一割の報酬をもらっている人が、上司と折り
合いが悪くなり、会社を辞めたとすると、他の従業員はがっかりする。報酬を一割とっても、
残りは会社に残りますから、それが自分らのボーナスにまわることができるが、その人がいな
くなったら自分らに回ってこないからと考える」
 「アメリカでトップセールスの表彰をすると、ものすごい拍手がおこります。拍手している
のは同じセールスマンでライバルです。しかもウイナーは一人ですからあとはルーザーです。
来年は君の番だというとそれで、又盛り上がる。」(『世界同時バランスシート不況 金融資本
主義に未来はあるか』リチャード・クー・村山昇作著、徳間書店)
 これらは、皆海外の話です。日本でそんなことをやったら、
 「なんであいつが選ばれてオレダメなんだ」という反応になり、社長はどういう基準で選ん
でいるのだろう、ということを問題にします。「来年は君だ」と慰めても「なにをやればいい
んですか」と妙にすねてしまう。
 日本は、世界の中で平等意識が強い国です。この日本のビジネス風土から考えても、特定の
人に偏ってしまうインセンティブ制度は、効果は認めますが、限界があるのが現実です。
 また、組織力をあげるには、全員参加の仕組みを考えなければなりませんものね。競争に勝
つには、個人も組織も二者択一ではなく、二者共存でなければならない。
 厳しい時代でもあるんですね。
解決策の模索→道具に頼る
──道具を使って仕事をラクに
 私は何度も(『経営ノート二〇一一』でも強調しましたが)、人間は生まれながらに勤勉な人
はいない、と言っています。それでも日本人は良い方で、世界的に見て勤勉な民族だと思って
います。
 でも、そんな日本人でも、もちろん私も含めてですが、日曜日の夜は「あした会社か」とあ
まりワクワクしませんよね(笑)。
 社員の数が多くなってくればくるだけ、増えれば増えるだけ、そう思う人の数が増え、その
人たちにも気持ちよく働いてもらわなければなりません。そういうことを前提として会社運営
の仕組みを組織的に考えなければならないのですね。
 そもそもどうでしょうか? 人間は本来ラクをしたいという基本的性質があります。実質週
四日間労働で、しかも既存の比較的安定した賃金を払い続けていくには、この人間のもつ業と
もいえる「ラクをしたい心」をどう取り扱うかは、ビジネスの根幹にも関わることなんですね。
ですから、理屈では楽をする仕組みをまず考えることです
 その為には道具を使うことです。道具を使いますと、労働がラクになります。しかもベテラ
ンでなくてもできますし、なにより生産性が向上します。私は勝手に富士山を五合目から登る
仕組みと言っていますが。
 会計事務所でも、大分パソコンの恩恵を受けました。コンピューターが無い頃の経理部長さ
んは、試算表を組めるだけで、大きな技術でしたから、威張っていましたよね(笑)。でも今
は新人でも簡単に早く出来てしまいます。
 そう言えば、コンピューターがまだ高価なころ、デザイナーに辞められて困っている会社が
ありました。デザイナーの定着の悪さに困って、思い切ってCG(コンピューターグラフィッ
ク)を導入したところ、デザインの仕事が大幅にラクになって退職者が減り安定したという話
があります。
 コンピューターの最新技術(当時)が、デザイナーの「ラクしたい心」のかなりの部分を代
替してくれたからです。
 現代は、当時に比べ大幅に楽になる道具が発達しました。インターネットの利用は当然、ス
マホの利用、ビジネスアプリの発達、ビジネスプロセスの科学的分析、これらを使わない手は
ない。
 又、データベースもビジネスの武器です。データは説得力があります。かつて千葉ロッテの
バレンタイン監督は、「統計アナリスト」を帯同していたそうです。当時その話を聞いてびっ
くりしたのを覚えています。
 でも、どうでしょう? 今ではデータ分析は常識です。一方、いまだ中小、中堅企業に欠け
ているのは、私見ですが、この科学的分析力ではないでしょうか。
 ところで、道具を使うつもりが使われる、ちっとも楽にならない、一方ではこんな現実もあ
ります。
 「道具を使え!」
 言うは易し、ですが、現実的には、一歩一歩解決していかなければならない。私のところは?
まだ実は小学生レベルです(笑)。
労働生産性をあげるために
──高賃金……でも
 よく労働生産性を上げろと言います。その解決策の一つは前述のように道具を使うことです。
なぜ道具を使うと生産性が上がるかを次の式で私は説明することにしています。
 サービス業では、財務分析の中で、営業利益を伸ばすためにいちばん重要に考えている指標
は「労働生産性」です。サービス化社会では、この指標が会社の収益力をいちばんに示してい
るからです。
 まず、粗利が高い商売ほど労働生産性が高いわけです。それを細かく分析したのが、「労働
装備率」「固定資産回転率」「粗利率」の三つの指標になります。
 下の式をご覧下さい(図1)。労働生産性をあげるにはこの三つの指標を高めればいいこと
になります。
 「労働装備率」の固定資産を「IT投資」(道具への投資)と置き換えて見てください。
 この指標の分解から次のことが読み取れます。
(一) 固定資産をIT投資と置き換えてみると、まずどんどんIT投資した方が、生産性が向
上します。すると、従業員の仕事をITに置き換えることができますので、結果的に従
業員数が少なくなります。
(二) IT投資は、投資をするごとに、レベルがあがって、なおかつ投資額が安くなるという
特性があります。
 その結果、(一)の循環が好循環になり、よいスパイラルになってきます。古いシステムをもっ
たいないと思わないことかな? 応々にして、あの時いくらかけたからと、勿体ながって使っ
ているケースがあります。
 この指標を改善するためには、古いシステムを捨てる勇気が経営者に不可欠です。
(三) IT投資は、投資するごとに投資金額が下がります。「労働分配率」で気をつけていた
だきたいのは、個別の賃金が低く、業績が悪い会社ほど、労働分配率が高くなることで
す。
 つまり会社の付加価値に占める人件費の比率が高くなります。理想的には、労働分配率が低
く、個別賃金が高い会社は、高収益の会社ということになります。
 なかなかこんな会社はないですけど(笑)。
 私は、「知識社会は知識労働者に高賃金を払った会社の方が、業績が良い」というP・F・
ドラッカーの言葉に感動した経験があります。
 「人件費をけちってはダメで、高能率で高賃金が、サービス化した社会の特徴」
 「よい経営をするには、社員に高賃金をこれからも出しつづけなければならない」
 経営者は大変だ(笑)。
 ここからは、余談です。難しいのは、賃金は固定的ですが、能率は変動します。高賃金と高
能率の両方を続けることができれば問題はありません。しかし当初はそれでうまくいっても、
そのうち稼がない人が増えて、いつの間にか高能率が減って高賃金だけ残る。
 ある大手メーカーは、創業者の意思で「高能率高賃金」をうたっていたら、いつの間にか、「高
賃金だけ残り、高能率が消えた」。そして、業績の悪化です。その会社が絶好調の頃の話ですが、
私の友人がその会社と取引をしていてこぼしていたのを思い出します。
 「傲慢で、しょっちゅうたかられる」
 今思うと絶頂期に崩壊の芽があるんですね。
ニッパチ、シチサンと労働生産性
──完璧にこだわらない
 単純に言います。私は道具で労働生産性をカバー出来るのは、よくても五割ぐらいだろうな
と思っています。あとの半分は、人間次第、組織力次第と考えています。「半分しかできない」
と考えるか、「半分もできるのか」と考えるかでは天と地ほど違います。
 是非、ポジティブに考えてください。多くの会社は、実際には五割までいっていない、もっ
と低い率ではないかな?
 でも、二割でも三割でもいいじゃないですか。やらないよりマシですよね。
 その道具化のベースの上に労働の主役の人間が乗っかったとします。さてその人間ですが、
能力はバラバラ、性格も一人一人違います。野球で、イチローや松井に勝てる選手はほとんど
いません。昔読んだ雑誌で、歌手の千昌夫さんが「俺は、五木ひろし、森進一と同期だ、でも
彼らは天才。絶対歌では勝てないと思い、他の分野(不動産)で一等賞をとろうと思った」。
バブル時代を知っている人なら、思い出すでしょうが、「歌う不動産王」と言われて世界の不
動産を買いまくった当時の話です。
 このように、スポーツや芸能といった特殊な分野は、努力だけでは追いつきません。持って
生れた天分、能力の差はいかんともしようもないんですね。
 では、ビジネスの世界ではどうでしょうか? 私の経験でもニッパチ、シチサンの法則(?)
がここでも働き、優秀二〜三割、普通八〜七割。誤解を恐れず言いますとそんな感じです。
 でもビジネスの世界は、そんなに能力の差はでないのではないかな。
 能力は相対的なもので、絶対的なものではない。歌手やスポーツ選手のような差がなく、個々
人の努力や組織風土で充分その差は縮めることができる。これがビジネス、仕事の世界ではな
いでしょうか。
 言い換えますと、普通と思った自分が、やり方、研修、努力次第で、上の二〜三割に十分い
けます。私はそう思うんですね。

サービス化社会では、労働生産性を上げることが営業利益を上げることに結びつく。日本の企業風土を考えると、インセンティブ制度による労働生産性の向上には限界が見られがちである。理想的には高能率、高賃金がサービス化した社会の特徴だが、人には能力差があることを認め、道具による能率化も一〇〇パーセントにこだわらないことが重要だ。