1-2.現状維持は衰退、ソコソコはジリ貧

かつての憧れは「蔵間的人生」
 かつて「蔵間~くらま~」というお相撲さんがいたこと、覚えていますか? 一九九五年に四十二歳で
急逝したため、若い方はご存知ないかもしれませんね。時津風部屋に入門し、一九六八年から
一九八九年までの二十一年間、現役生活を送りました。
 大の相撲ファンだった昭和天皇も蔵間はお気に入り力士の一人だったそうです。
 ある時、当時の春日野理事長が昭和天皇に「蔵間は大関になります」と解説したそうです。
ところが理事長の予想に反して、蔵間は大関にならなかった。常に善戦マンで大きく勝ち越す
ことがなく、とうとう関脇までしか番付を上げることができなかったんですね。
 昭和天皇もこれが歯がゆかったか、「蔵間、大関にならないね」とこぼし、春日野理事長は「私
は陛下に嘘を申し上げました」と言って謝罪。理事長はその後蔵間を理事長室へ呼んで叱責し
たという逸話があるとか(笑)。
 大関にはなれなかった蔵間ですが、長く幕内力士として活躍しました。「大器」としては物足りないけれど、幕内中位に腰を据え、ソコソコのポジションを長く続け、さらに長身・美形
で人気もある蔵間のような生き方は「蔵間的人生」といわれ、多くの力士の憧れだったそうで
す。
 「蔵間的人生」が魅力的だったのは力士だけでなかったそうです。当時、多くの人が憧れた
人生だった、という話も聞きました(真相はわかりませんが)。
 蔵間が活躍した一九七〇年代から一九八〇年代にかけて、日本は経済大国に向けて大きな成
長を続けていました。私が社会人になったのはまさに高度成長期、昭和四〇年代でしたが、初
任給は安くても、給料はまるで倍・倍ゲームのように上がっていきました。実際、前年比で給
与が二倍になる、なんてこともありましたね。
 よく、「高度成長期の日本人は優秀で、誰もが頑張っていた」という人がいますが、それな
ら「蔵間的人生」が流行するわけがない、ですよね(笑)。
 その、優秀で誰もが頑張っていた時代? を生きてきた私としては、「優秀で頑張っていた
人も、中にはいました」というのが正直な感想(笑)。たまたま世の中全体が上り調子だった
ときに、社会人として活躍できたに過ぎないと思っています。
 経済が成長している局面では、サラリーマンでも自営業者でも、ソコソコ頑張っていればソコソコ商売することができました。ところが、残念ながらこれからの経済は下り局面に入る可
能性が高い。そうなると、ソコソコをキープしていてもジリ貧になる一方です。現状維持でき
ても、日本のGDP自体が下がり局面では衰退を意味します。ましてや、縮小均衡でいい、な
んて論外です。
 かつて、日本には「いい会社」がありました。
 たとえば、国鉄(日本国有鉄道)。民間企業と比べて格段に充実した福利厚生など、「国鉄は
『いい会社』だね」なんていわれたことがありました。ところがご承知のとおり、国鉄は
一九八七年に民営化、廃止され、JRグループ各社および関係法人に事業承継されました。
 また、JAL(日本航空)も「いい会社」の一つです。昔、JALの職員が、勤務時間中に
国際電話を使って出し合った「なぞなぞ」が面白く、「JALのなぞなぞ」といわれて流行し
た時期がありました。本まで出ていたように思います(笑)。
 当時の国際電話は非常に高かったため、「高価な国際電話を使って、しかも勤務中になぞな
ぞができる会社って、何て『いい会社』なんだろう」と思った一方で、こんなことをしている
企業は本当に大丈夫なのだろうか、とも思いました。
 ここは私の予想が当たって、JALは二〇一〇年に会社更生法の適用を受けました。こうした「いい企業」では、充実した年金制度や福利厚生などが整っており、ソコソコ頑張っ
ていればそれなりに幸せな人生が送れたはずでした。ところが現在では、「いい会社」が次々
と淘汰されつつあるように思います。
 ソコソコをキープして幸せをめざす「蔵間的人生」は、経済が下り局面では生き残れない。
それは、人も企業も同じだと思います。
常に社員と自分に語りかける
 とはいえ、「蔵間的人生」は未だ多くの人にとって魅力的であることは間違いありません。
必要以上に頑張りたくない。私も含めて(笑)そう思う人が多いのではないでしょうか。
 ですから「ソコソコではジリ貧、現状維持では衰退の一途をたどる」ということは、社員に
対して、さらに自分に対しても常に語りかけていくべきだ、と思います。
 理想はドイツのシュリーマン的人生、でしょうか。私財を投じて発掘を続け、ついに
一八七〇年にトロイ遺跡を発掘したことは、自叙伝『古代への情熱―シュリーマン自伝』とい
う本にもなりました。
 元々、シュリーマンは考古学者ではなく、事業家でした。オランダの貿易会社への入社を出発点に、ロシアのサンクトペテルブルクやゴールドラッシュに沸くカリフォルニア州サクラメ
ントなどに商社を設立し、成功を収めます。またクリミア戦争時にはロシアに武器を密輸する
など、巨万の富を築いたとか。非常に商才のある人だったそうです。
 四十二歳ですべての事業を清算し考古学者としての第一歩を踏み出しました。自叙伝による
と「幼少のころにホメロスの『イーリアス』に感動したのがトロイア発掘を志したきっかけ」
だそうです。当時の考古学者の間では「イーリアス」はホメロスの作り話だとする考えが主流
だったそうですが、シュリーマンはそうは思っていなかった。
 そして事業で得た財産を惜しみなく発掘につぎ込んだ結果が世紀の大発見につながった、と
いうことも、自叙伝に詳しく書いてあります。
 ギムナジウムに入学するも、貧困のため中退せざるを得なかったシュリーマンが、事業で大
成功を収めるまでには、天賦の商才だけでなく大変な努力もしたと思います。
 ビジネスでがむしゃらに頑張って、思う存分趣味の世界に生きるのは引退してから。(そし
てあわよくば歴史に残る大発見をする)という人生にあこがれる向きもあります。
 ところが、今の時代はそれでは生き残れないかもしれないということを感じた一言がありま
した。二〇一〇年にフォルクスワーゲン(VW)と
包括提携し、自動車メーカーのグループとして
トヨタを上回り世界最大となったスズキの鈴木
修会長の口癖です。
 「死んだら有給休暇はいくらでも取れる」
 つまり、死ぬまで現役で働き続けろ、という
ことですね。
 鈴木会長は一九七八年に四十八歳で社長に就
任し、その三年後に当時世界トップのGMとの
提携を成立させました。二〇一〇年にGMが経
営破綻した後、提携のアプローチをしてきたV
Wと提携。出資比率などでほとんどスズキの望
むとおりの条件を引き出したのは、ひとえに鈴
木会長の老練な交渉手腕と変わり身の早さが
あってこそ、といわれています。かねてからGMとスズキの関係を「鯨と蚊」(鯨とメダカではメダカは鯨に飲み込まれてし
まう。蚊なら空を飛んで飲み込まれない)と例えていた鈴木会長。この「鯨の周りを飛び回る」
芸当は鈴木会長の一代芸で継承はほとんど困難とされています。(注1)
 鈴木会長は今年、二〇一一年で八一歳。後継者育成も含めて、死ぬまで経営者として走り続
けることでしょう。そして生涯現役であり続ける鈴木会長の姿勢があればこそ、スズキを世界
ナンバーワンの自動車グループに押し上げたのかもしれません。
 いまや、現役の時に頑張り、引退した後趣味の世界に没頭する、という生き方も夢のような
話なのかもしれません。本当に、厳しい世の中になったものです。
(注1)鈴木修インタビュー、「最大の危機をチャンスに変えた」、『選択』二〇一〇年一月号

経済が下り局面の現代では、ソコソコではジリ貧、現状維
持では衰退の一途をたどることを、社員と経営者自身に常
に語りかけることが重要。

2-1.売上を伸ばさずして成長なし

ジョンソン・エンド・ジョンソンの「表の顔」と「裏の顔」

ジョンソン・エンド・ジョンソンという会社はご存知ですよね。
世界五七カ国に二五〇以上のグループ企業を有し、総従業員数約十一万四千名、年間の総売
上高は約六一九億ドル(二〇〇九年度)という「世界最大のトータルヘルスケアカンパニー」
です。
歯ブラシの「リーチ」や使い捨てコンタクトレンズの「アキュビュー」、切り傷や靴擦れの
ときにお世話になる「バンドエイド」など、ジョンソン・エンド・ジョンソンの名を冠さない
多彩なブランドも抱えている、というのはちょっとした雑学(笑)。
「フォーチュン・マガジン(FORTUNE Magazine)」による「世界で最も賞賛される企業
(World’s Most Admired Companies)」調査で第四位、米国の投資家向け金融情報誌「バロン
ズ(Barron’s)」による「世界で最も尊敬される企業一〇〇社(100 World’s Most Respected
Companies)」で第二位(いずれも二〇一〇年度)、米国の調査会社ハリスインタラクティブ社(Harris Interactive)とレピュテーション研究所(Reputation Institute)が開発した「企業評
価指数(Reputation Quotient; RQ)」(企業の評判を測定するための標準化された指標)は第
二位(二〇〇九年度)―と、メディアや研究機関からの評価も高い、世界的なエクセレントカ
ンパニーの一つです。
これほどの優良企業ですから、ジョンソン・エンド・ジョンソンについて書かれた書籍はた
くさん出版されています。そのうち、多くの書籍はジョンソン・エンド・ジョンソンの企業理
念・倫理規定である「我が信条(Our Credo)」に関連するものです。(図1)
かつて、ジョンソン・エンド・ジョンソンの社長を務めた新将命氏も、同社への転職を決め
たのはヘッドハンターに「我が信条(Our Credo)」を見せられたことが決め手だったといい
ます。著書『経営の教科書』の中では、「『アメリカにもこんなにすばらしい理念の会社がある
のか!』という新鮮な驚きにも近い発見があり、ビジネスマンとしての心がインスパイア(鼓
舞)された」と、その感動を綴っています。(注1)
また「ダイバーシティ」プログラムへの取り組みを取り上げた書籍も多いですね。「ダイバー
シティ」とは英語で「多様性」という意味で、アメリカでは多種多様な民族・国籍・宗教など
を全てまとめて、また日本では女性の雇用・登用の推進と身体障害者の雇用促進に注力しているそうです。「我が信条(Our Credo)」の一節、「社員一人一人が個人として尊重され、その
尊厳と価値が認められなければならない」の実践として注目されており、ジョンソン・エンド・
ジョンソンといえば「社員を大事にする会社」というイメージの方も多いかと思います。
ここまではよく知られた「表の顔」。実はジョンソン・エンド・ジョンソンが優良企業とし
て君臨するのに、あまり語られることのない「裏の顔」もあるのです。
先ほどお話ししました新将命氏が、いよいよ社長就任の日を迎え、上司にあたるイギリス人
会長の部屋に出向いた時の話です。会長は、新氏に椅子をすすめながらこう言ったそうです。「ミ
スター・アタラシ、おめでとう。今日からあなたはこの会社のリーダーだ。ついては、あなた
にぜひ言っておきたいことがある」と二つのことを言われたそうです。そのうちの一つが
「まず何より業績を伸ばせ。ただし、たとえどのような場合であっても倫理的に問題がある
ことは『絶対に』やってはいけない」ということ。(注2)
この話の後半部分は、ジョンソン・エンド・ジョンソンの「表の顔」として数多く紹介され
ています。「裏の顔」は前半部分。会長は、「何より業績を伸ばせ」と言っています。
また別の人から聞いた話ですが、内部のポリシーとして「一に成長、二に成長、三・四がな
くて五に成長」がモットーで、常に三〇%は新商品を作る、といったことを徹底しているそうです。
世界的なエクセレントカンパニーであるからこそ、数字に徹底的にこだわる、というのが、
これまであまり書かれることがなかった「裏の顔」です。その上で結果として従業員を大事に
する、社会貢献活動に力を入れるといったことができるのです。
成長にこだわる姿勢は、ジョンソン・エンド・ジョンソンだけではありません。日本電産の
永守重信社長の経営は「一番以外はビリだ」という姿勢を貫き通しています。
ユニクロを傘下に持つファーストリテイリングは、全社的なメッセージとして「成長」を最
大のキーワードに掲げ、「成長しなければ死んだも同然という強い成長志向が当社のDNAと
いってもいい」(ユニクロの柚木治・人事担当執行役員)といいます。(注3)
いずれも、この景況の中で健闘し、成長を続けている企業の考え方です。このような景気だ
から売上は二の次、ではだめです。低成長だからこそ成長しなければいけない(売上第一、健
康第二と唱和している会社があると聞いたことがあります。これはネー(笑))
麻雀型のマーケット
低成長の中で成長するということは、麻雀をするようなものです。 今の若い人はあまり麻雀をしないようですね。麻雀は、最初にプレーヤーの「持ち点」があ
り、ゲームの勝敗によってプレーヤーが点数のやり取りをします。勝ったプレーヤーは、上が
りの役に応じて負けたプレーヤーの持ち点から点を奪う、といったゲームです。
低成長の中で成長するということは、経済全体のパイが増えない(または減っていく)中で、
自分の業績をいかに伸ばしていくか、ということに他なりません。まさに場全体の点数が変わ
らない中で、他のプレーヤーの持ち点を奪っていく、麻雀のようなものです。
仮に、経済成長しているマーケットであるならば、たとえ他のプレーヤーに持ち点を取られ
ても経済成長分でとられた点数をカバーすることができますが、低成長ではそういうわけには
いかない。
場全体の持ち点は一定なので、勝った人は負けた人の点を奪って倍の点差がつく、というの
が低成長のマーケットの特徴です。これも麻雀と同じ。
こうした世の中に対する大きな戦略とは、小さくなっていくマーケットでいかにシェアを拡
大していくかということが肝になります。
「一番以外はビリだ」の経営姿勢を貫く日本電産の永守社長は、「製品については世界一の品
質と精度でなければならないし、市場のシェアでも決して二位、三位に甘んじるようではいけない」と、市場シェアの拡大に強い意志を示しています。
経済成長しているときと違って、売上を伸ばして成長するということは、市場シェアを伸ば
していくことと同じ意味になります。他社のシェアをいかにして自分のシェアとして奪ってい
くか。低成長の時代は、麻雀型のマーケットなのです。
(注1)新将命著『経営の教科書―社長が押さえておくべき
30
の基礎科目』、ダイヤモンド社、二〇〇九年、P.39
(注2)新将命著『経営の教科書―社長が押さておくべき
30
の基礎科目』、ダイヤモンド社、二〇〇九年、
P.74
(注3)溝上憲文「ユニクロ式教育『店長は2年でつくる』」、プレジデントロイター、 二〇〇八年十一月十日

景気が悪くても、売上を伸ばし、成長しなければいけない。低成長時代で成長するためには、他人のシェアをいかにして自分のシェアとして奪い取るか、いかにしてシェアを高めるかを考えなくてはいけない。

2-3.手近なところから、とにかく行動を起こす

ハウステンボスはなぜ再生したのか
 長崎県佐世保市にあるテーマパーク・ハウステンボスが、旅行大手エイチ・アイ・エス(H
IS)のもとで再建に着手して約半年。二〇一〇年九月期の決算(決算月変更で変則六ヶ月の
会計期間)で約三億円の黒字となった、というニュースが飛び込んできました。
 HISが開いたハウステンボス支援決定の記者会見で、澤田秀雄HIS会長は、「三年後に
は黒字化したい」「三年後に大幅な赤字が続くようなら撤退する」と述べていました。それが
一年目で経常利益の黒字化に成功。そもそも、一九九二年の開園以来一八年連続で赤字だった
ハウステンボスをどのような方法で黒字化させたのでしょうか?
 黒字化の要因は主に三つ、と言われています。
 第一に、あまりカネをかけずに新しくした設備やコンテンツによる集客効果。
 たとえば、夏にオープンしたお化け屋敷は不採算で閉鎖した美術館を改装したもの、新機軸
の「ハロウィーンのカボチャの山車」も他の出し物の使い回し。フジテレビの人気アニメ番組
「ワンピース」の体験型施設も、フジテレビが費用の三割を負担して開設したものだとか。
 第二に、入場料の値下げ。約八〇ヘクタールの敷地のうち二割を無料開放し、残りの八割(オ
ランダの町並み再現ゾーン)の入場料も、大人三二〇〇円から二五〇〇円と約二割、引き下げ
ました。たくさんの顧客に足を運んでもらい、飲食や買い物で稼ぐ、という作戦への転換です。
その結果、四月―九月の入場者数は八六万五〇〇〇人で前年同期比一七・二%増、特にかき入
れ時の夏休み期間の入場者数は三八%増だったそうです。
 第三に、徹底的な経費節減。販売管理費は、四―六月期で前年同期比二五%、六億五〇〇〇
万円! を削減しました。主に施設の減損処理による減価償却費の圧縮、人員削減で合計約
四億五〇〇〇万円を圧縮。さらに、地元の佐世保市からハウステンボスの再建を引き受ける見
返りに年間八億八〇〇〇万円の固定資産税相当分を向こう十年間「再生支援交付金」として受
け取る恩恵を受けたことも大きな効果を発揮しました。(注1)
 また、ある人から聞いた話によると「手近なところから徹底的にコストカットしていった」
という話も聞きます。たとえばこれまで庭師に依頼していた園内の清掃管理をスタッフが行う
ようにしたとか。
 こうしてみると、あまり大がかりなことはしていません。新しい施設も使い回しや他社との
協働でカネをかけず、入場料の値下げやコストカットも、手近なところを見直したに過ぎませ
ん。
 そういえば、「手近なところから見直しをして成功する」の逆パターンを思い出しました。
 最近読んだ『日本軍の小失敗の研究』(三野正洋著、WAC)という本。太平洋戦争敗戦の
原因の一つは小さな失敗の連続だった、ということが書かれています。
 たとえば戦闘機。日本の戦闘機は、欧米の第一線級戦闘機と比較して、航続力や運動性能は
非常に高い能力を持っていたそうです。しかし、戦闘機に搭載する火器がバラバラだった。ア
メリカは、いち早く軍用機搭載火器の統一化を図り、大量生産を可能にした、といいます。豊
かな国が統一された火器を大量生産するのに対し、貧しい国のほうが雑多な種類の兵器を装備
するのですから、物量面で大きな差がでてしまいます。
 さらに驚いたのは、スロットルレバー操作の不統一。スロットルレバーとは、鉄の棒を押し
たり引いたりしてエンジンの回転数を制御するもので、空中戦で最も頻繁に使うものです。と
ころが日本陸軍の戦闘機は、ある機種はレバーを押し込むとスロットルが「開」となり出力が
上昇するのに、別の機種はレバーを引くと出力が上昇する、と操作が機種によって正反対なの
だとか(自動車に乗っていて、特定のメーカーの自動車はアクセルを戻すとスピードが上がる
構造になっているようなもの
?!
)。戦闘機のパイロットは戦争の全期間を通じて同一機種の機
体に乗るわけではなく、何種類かの戦闘機を乗りこなさなくてはいけないそうで、機種が変わ
ると慣熟訓練をするそうです。とはいえ、いざという時に昔の癖で正反対の操作をする人がい
ても不思議ではありません。
 このように、戦闘機一つとっても、細かい失敗がいくつも出てきます。大きな戦略・戦術と
いうレベルから見れば本当に小さな失敗ですが、小さな失敗をそのままにして傷口を広げてし
まうという一面があったのではないかと思います。
 ここ二〇年程、日本の企業の負け方を見ると小さなところでかなり負けているような気がし
ます。収益改善をするには、大それたことは考えずに、すぐできて手近なところから手をつけ
ることが大事です。
間接的利益を確保する
 すぐできることから始めることは、何も費用を削ることだけではありません。
 たとえば、間接的利益を増やすこと。家電量販店のヤマダ電機が代表格かもしれません。
 家電量販店は他の小売業と比べて利益率が低いのが特徴です。激しい価格競争がありますか
ら(最近では、インターネットでいくらまで値下げしてもらったか、どんなサービスをつけて
もらったかを事前にチェックして量販店をハシゴして価格交渉する消費者も多いそうです)。
ヤマダ電機は売上高二兆一六一億円、売上高シェアは三五・一%と業界ナンバーワンの売上高
とシェアを誇ります。業界二位のエディオンの売上高が八二〇〇億円(売上高シェア
一四・三%)と比べても、圧倒的なトップ企業であることがわかります。(図1)
 ヤマダ電機が業界トップ企業であることは、売上高だけではありません。利益率(売上高純
利益率)を見ても、エディオンやコジマ、ビックカメラなど他の大手量販店が一%程度である
のに対し、ヤマダ電機は二・八%と約三倍です。売上の規模が大きく、さらに利益率も(同業
他社に比べると)かなり高いのです。薄利多売というわけではなさそうです。
 ではヤマダ電機は何をしているのか。たとえば企業法人・学校・官公庁を対象にした法人向
けサービスや、サービス・ソリューションビジネスに力を入れており、メインの家電販売以外
の「間接的利益」をしっかり確保しています。
 法人向けサービスでは、電化製品の販売だけでなく、オフィスネットワークの構築やセキュ
リティシステム・テレビ会議システム導入の提案などを行っているそうです。ヤマダ電機でハー
ドウェアを安く買って、ソリューションまで手がける、というわけです。全国一八〇店舗に法
人向け専用カウンターを設け、本格的に取り組んでいます。
 サービス・ソリューションビジネスはさらに多岐にわたります。グループ会社が製造するヤ
マダオリジナルパソコンの販売をはじめ、ソフトバンクと提携したブロードバンドサービス、
オール電化や太陽光発電システムに対応する設置・施工サービス、カーメンテナンスを中心と
した「のりものサービス」、デジカメプリントサービス、車の買取りサービス、全国の店舗で「ヤ
マダパソコン教室」の運営といった店舗でのサービスに加え、他店での購入品も対象とする大
型家電出張修理サービス、パソコン買取り査定サービス、エアコンクリーニング出張サービス
などのWEBサービスも行っています。
 これらのサービスそれぞれに対して、利益を取ることができます。価格競争の激しい家電販
売と比べると、ソリューションサービスは利益が取りやすいかもしれません。間接的利益もヤ
マダ電機の規模になれば、無視できない大きな収益源になると思います。
 家電量販店に限らず、商品が差別化しづらい業種の場合、間接的利益を積極的に取り込んで
いくことが重要です。ヤマダ電機ほど多岐にわたるサービスはすぐにできないかもしれません
が、手近なところで間接的利益を得る方法は、必ずあると思います。
 最後に、私の経験から一言。
次の一手を打つときは、営業利益をまず黒字にしてからにしてください。よく営業利益が赤
字のままで、新しい事業を始めたり、大規模な広告宣伝を打ったりする企業がありますが、順
番が逆です。
 手近なことから始めるときも、順序があります。まずは利益が出せるようにすることが先決
です。

利益を出すためには、大きなことを考えず手近なところからやってみる。費用の見直し(費用面)でも、間接的利益の確保(収益面)でも構わない。ただし、次の一手を打つ場合は営業利益が出るようになってから着手すべし。

3-2.成長企業が持つ「二つの力」

実行力と徹底力
 今の会社には、実行力と徹底力が欠けるように思います。逆に、実行力と徹底力がある会社
はこのご時世でも成長できますね。
 わずか二年程度で多くの明治の偉人を輩出した松下村塾。松下村塾の掛け軸は、中国明代の
思想家・王陽明の提唱した説「知行合一」を掲げていました。
 「知行合一」とは「抑々知っている以上、それは必ず行いに顕われるものだ。知っていなが
ら行わないと云うのは、要するに知らないということだ」(注1)
 つまり、知識を身につけることは行動の始まりであり、知っていても行動しないのは知らな
いのと一緒だ、といった意味だと思います。吉田松陰の松下村塾がなぜ、あれだけ短期間であ
んなに明治の偉人を輩出したかというと、「行動学」を教えたからでしょう。
 行動しなければ知らないも同然、とにかくきちんと実行することが重要、ということは、多
くの経営者にとってキーワードのようです。
「先行きを読むヒマがあったら、仕事をしろ」(スズキ・鈴木修会長兼社長)
 「すぐやる! 必ずやる! 出来るまでやる!」(日本電産・永守重信社長)
 「マネジメントレベルとは、実行度の高さだ」(成城石井・大久保恒夫前社長)
 「商売をやって絶対に失敗しない方法が一つだけある。
 成功するまでやめないことだ」(松下電器産業の創業者 松下幸之助)
 「能書きは誰でも言える。実行、徹底、継続が難しい」
 「私は細部を重視する。事業の成功を目指すならば、ビジネスにおけるすべての基本を遂行
しなくてはいけない」(マクドナルドの創業者 レイ・クロック)
 成功している企業の経営者は、知っていることと覚悟を決めて実行することの違い、そして
徹底的に実行することの大切さと難しさを理解しているのだなと思いました。
戦略よりもオペレーション
 私は知行合一の具体的な話として、戦略も大事だけれど、オペレーションのほうがさらに大
事だと思います。成功は「小事の実行の積み重ね」の上に成り立つものだからです。
 楽天の三木谷浩史社長は、著書の中でビジネスは「Strategy, Execution, Operation すべて
のビジネスはこの三つで循環する。事業は戦略を立て、その戦略を実行するための細部を練り
上げ、確実に実行することの繰り返しでビジネスは発展していく。
 僕が最近問題だと思うのは、戦略の重要性があまりにも強調され過ぎていることだ」(注2)
 と言います。
 たとえば人物伝や成功談では、派手で説明しやすい戦略のことばかりが語られがちです。義
経の鵯越(ひよどりごえ)や、秀吉の墨俣(すのまた)一夜城など、特に軍記物の世界では枚
挙にいとまがない。
 三木谷社長は「興味があるのは戦略よりも、それをいかにして実行したかだ。その崖を駆け
下りる馬はどういう訓練をしたのか、一夜城を建てるのに何人の人間が何をしたのか。もちろ
ん、そんなことは軍記物には書かれていない。書いたって退屈で誰も読まないだろう。けれど、
物事を達成するには、その退屈な部分が重要なのだ」
 そして「失敗の原因の大半は、戦略ではなく、エグゼキューション(実行力)やオペレーショ
ンにある。戦略は間違っていない。それをやり切る手法と、その遂行に問題があることのほう
が圧倒的に多い」と言います。
 現に、楽天がインターネット・ショッピング事業のアイデアを練っていたとき、すでに大手
の何社かが実際に手がけていていずれも上手くいっていなかったそうです。そのビジネスモデ
ル自体が間違っているという人もいたそうですが、三木谷社長は、問題はエグゼキューション
にあると考えたそうです。
 当時のインターネット・ショッピングモールは、運営する企業がそれぞれの店舗のホームペー
ジを作っていました。しかし、当時のホームページは専門家でないと扱うのが難しく、商品写
真一つ入れ替えるにも時間と手間がかかっていました。バレンタインデー目前なのに、クリス
マス用品を並べているサイトまであるほど、更新頻度が低く、インターネットの武器である速
報性が全く生かされていなかった。そこで楽天では、出店者が自分で簡単にホームページを作
れるシステムを開発し、問題を解決した、といいます。(注2)
 素人でも更新が簡単にできるホームページを提供して魅力あるサイトにしたことが楽天の勝
因であって、ビジネスモデルで勝ったわけではない。意訳すると「戦略も大事だが、オペレー
ション、実行させることはもっと大事」ということなのでしょうね。
実行力と徹底力で世界的企業に打ち勝つ
 実行力と徹底力、この二つの力でベンチャー企業が世界的企業との競争に打ち勝った事例も
あります。
 一九九七年、資金不足に悩んでいたフィリピン政府が、首都のマニラを東西に分けて上下水
道の民営化に踏み切りました。西側は「水メジャー」と呼ばれる世界的企業、フランスのスエ
ズ社が受注。東側は、地元の財閥と三菱商事などが出資したマニラウォーターが運営すること
になりました。
 十年後、東西で明暗がくっきり分かれました。マニラウォーターは、二〇〇五年にフィリピ
ン証券市場に上場し、二〇〇九年には事業期間の延長承認を受けました。一方西側は、スエズ
が見切りをつけて撤退したことで、事業の再構築が進められているという有様。
 マニラウォーターは、どうやって世界的企業のスエズが撤退したようなビジネスを成功裏に
導いたのか。
 その要因は、地域に根ざす経営に徹したからだ、といいます。特に、低所得層が多く住むマ
ニラでは、各家庭に水道を引いても料金徴収が難しい。そこでマニラウォーターは「町内会」
を通じて料金を回収する仕組みを導入し、実行したそうです。
 事前に地域のリーダーと調整し、料金などで合意してから水道管の敷設や改修工事を始める、
老朽化した配管の補修を適宜行う―といった地道な改善を重ねてきたそうです。
 つまり、低所得層から料金を徴収するために町内会を通じて料金徴収をするというオペレー
ションを作り、きちんと実行できたことが、事業として成功した要因だと思います。
 民営化当初は浄水場から送られた水の六三%が漏水や盗水によって失われていたが、今では
そうした「無収水率」は十二%まで低下し、二十四時間給水率もほぼ一〇〇%を達成。オペレー
ションを確実に実行した結果で、今やマニラウォーターは、世界的な水道民営化の成功事例の
一つに数えられるようになりました。(注3)

成長企業が持つ重要な力は「実行力」と「徹底力」である。考えても行動しなければ、考えていないも同じ。オペレーション(手法)を見直し、着実に実行(エグゼキューション)すれば、中小企業が大企業に勝つチャンスも生まれる。

3-5.今、財務諸表で注目すべきポイント

法人税率が下がる局面で大事なこと
 ついこの間まで、「ケイツネ神話」というのがありました。経常利益をあげさえすればいい
という経営の方針です。
 しかし、キャッシュフローを考えると当然、「手取りいくら」になるかという「税引き後の
利益」が一番大事な筈です。
 二十年ぐらい前の拙著の題名は、ほとんどに「節税」というタイトルがついていました(笑)。
その後、日本の会社が儲からなくなったんですね、「節税」という言葉も、ほぼ死語に近くな
りました。
 でも、キャッシュフロー経営を目指すなら、節税戦略は、依然として、重要な戦略です。
 周知のように、法人税は国際競争の時代になりました。日本のように税率の高い国は、グロー
バル時代に勝てない、ということです。世界的には、税率を下げると税収があがるというパラ
ドックスがあるそうです。
日本企業の海外移転はもちろんのことですが、法人税が高いと外資系企業の日本進出も止まっ
てしまいます。
 さて、二〇一一年度の税制改正で、法人税率は、下がる方向になる模様です。税率が変わる
局面では、税務戦略がより重要になります。
 税率が高いうちに節税すると、下がった後の節税より会社にキャッシュが残るからです。
 理屈を言いますと、節税には、永久に節税できる「パーマネント節税」と、今期は節税でき
ますが、将来払わなければならない(=トータルでは払う税金が一緒)という「税の繰り延べ
でしかない節税」があります。例えば、前者は税額控除がありますし、後者は特別償却などが
あります。
 税率が下がる局面ではどうでしょうか?
 税の繰り延べでも、将来の納税は少なくなりますから、今節税した方が会社にキャッシュが
残る、というわけです。
 余談ですが、連結納税も検討課題でしょうね。繰越欠損金が取り込めるなど使い勝手がよく
なりました。
 連結納税というと難しく感じるかもしれませんが、単純な話です。たとえばグループ企業が
五社あってそのうち二社が赤字、三社が黒字で税金を払っている、という状況の場合、仮に連
結納税にすればグループ全体の利益と損失を合算して納税する。結果的に、グループ内に
キャッシュフローが残る、というしくみです。(図1)
 税制の動きがあるときは、自社にキャッシュを残すために打つ手がある、と考えて間違いな
い?!
勘定科目を変える発想
 勘定科目もボーダレスの時代ですね。勘定科目を変える発想は、景気の下降局面の営業戦略
として力を発揮します。
 こんな例があります。焼酎が何杯飲んでもタダの店が流行っているそうです。「居酒屋革命」
という店で、口コミのお客さんが一杯、いつも店が混んでいるそうです。
 この店の場合、焼酎の仕入れ代金は仕入原価ではなく、広告費として計上しているそうです
(そのかわり、いわゆる宣伝は一切しない)。確かに焼酎タダのインパクトは、下手な広告を打
つよりもよほど宣伝効果が高く、うまい戦略です。
 ちなみに本当にそれで儲かっているのか、というと、焼酎がタダということでつまみを多め
に頼む人が多く、逆に客単価が上がっているのだとか。
 そういえば昔、飲み放題の店で行列ができたとき、待っているお客さんにワインをサービス
した話があります。そのお店としては飲み放題ですから、店の外で飲んでも、店内で飲んでも
原価は一緒。 これはうまい戦略だな、と思ったものですが、焼酎タダもうまい戦略ですね。
店のコストは売価ではなく仕入れたときの価格ですから、実は安い。
 私が以前「お客さんが別のお客さんを連れてきたら、飲み物をタダで配ったら」とアドバイ
スした店がありましたが、結局実施しませんでした。
 思うに、店主は飲み物を売価で考えているようで、ひどく損する気分になるらしいのですね。
確かにドリンクの利益率は相当高いので、手放したくない気持ちはわからないでもないけれど
……商売は心理学(笑)。
 昨年、ドミノピザが時給二五〇万円のアルバイト募集を出しました。一時間限りで募集は一
名、具体的なアルバイト内容やアルバイトの日程は応募した人にしかわからない―となんとも
奇妙な内容です。
 これは、ドミノピザ上陸二十五周年のキャンペーンを盛り上げるため、テレビブロスと共同
で企画したものです。
 狙いは的中して破格の時給(年収に匹敵する人もいるのでは?)などから注目を集め、テレ
ビやインターネットのニュースなどで大々的に取り上げられました。
 このアルバイトのバイト代は人件費ではなく広告費ですね。これも勘定科目を変える発想の
一例です。
 それにしても、このアルバイト、何をしたんだろう?(笑)
デフレの時代は貸借対照表に注目
 高度経済成長の頃は、損益計算書だけ見ていればよかった、と思っています。インフレの時
代でしたから、土地をはじめ、資産の値段は上がる一方で含み益が出るだけですから、貸借対
照表はあまり見る必要がなかった。
 ところが一転、デフレは逆です。資産の価値は目減りする一方なので、借入金の実質的な負
担が重くなってきます。
 ですから、たえず貸借対照表をチェックしなければいけません。
 私たち税理士法人の主な顧客である中小企業の経営者は、損益計算書は大体理解しています。
しかし、貸借対照表を見るということについては、まだ慣れていないように思います。繰り返
しになりますが、デフレの時代は貸借対照表がとても重要なので、経営者にわかりやすく貸借
対照表の読み方を教えることは、私たちの使命なのかなと思っています。

法人税率が下がる局面では節税戦略が重要になる。勘定科目を変える発想は、営業戦略の一環として考えるべきだ。また、デフレの時代は貸借対照表を見よ!

4-3.機械と道具を使いこなせ

機械化とは楽になること、でも頼りすぎは禁物
 渡部昇一さんの分析では、日露戦争で日本がロシアになぜ勝ったかという原因の一つが、兵
器だったといいます。コサック騎兵という最強の騎兵に対して、日本騎兵は機関銃を装備して
対応したそうです。また日本海軍がバルチック艦隊を破ったときには伊集院信管と下瀬火薬と
いう新しい技術による強い火器を使ったそうです。
 考えてみれば、日露戦争の三〇〇年以上前、長篠の戦いで武田勝頼に勝った織田信長は、鉄
砲という道具を三列に並べて絶え間なく撃ち続ける方法で、当時最強と言われた武田の騎馬隊
を撃破しました。(注1)
 勝った要因はそれだけではないと思いますが、戦の世界では、技術と道具をうまく使いこな
すことは、成功への第一歩だと思いました。これは経営も同じです。
 この時代で成長する企業のしくみづくりのキーワードの一つは「機械化」「道具を使いこな
す」です。できるだけIT化して、ツール(道具)を使いこなす、ということ。
IT化の利点の一つは、仕事が楽になることです。うまく使えば、飛躍的に業務効率が上がり
ます。
 弊法人の例で恐縮ですが、あるソフトウェアシステムを導入したことで、これまで五十時間
かかっていた作業が一時間程度で終わるようになった。約五〇倍違います。時間を定量化して
みると、いかに効率がよくなったかがわかります。
 そもそも、デフレの経済下では単価が下がりますから、利益を出すためには量をこなして売
上を上げるか、生産性を上げるかしか方法がありません。
 ちなみに同じシステムだったら労働時間が長いほうが絶対勝てます。私は実際に、各部署の
総労働時間を調べたことがあります。結果、労働時間の長さと業績が比例することがわかりま
した。働くだけが能じゃないという人がいますが、私はうそだと思います。
 電子メールという道具が出てきたとき、これは社長のためにできたツールだと思いましたね。
電子メールがなかった時代は、社員に何か伝えることがあって朝出社しても、その社員は直行
していて結局伝えられない、ということがよくありました。今はメールを送れば連絡ができま
す。連絡にかかる時間と労力が軽減されましたね。
 最近はどこにいても簡単に情報が手に入る、連絡できるクラウドというシステムが注目され
ています。業務を効率化する道具を会社ぐるみで使っているところと個人の趣味で使っている
ところでは、大きな差がつきます。
 また機械化と道具をフル活用して、働くしくみそのものを大きく変えた会社もあります。
 産業用給水タンクや給湯設備、化学プラント向け機器などを製造するメーカー、森松工業(岐
阜県)です。ステンレス製タンクは日本トップシェアを誇り、社員数は日本に約五五〇名・上
海に約二〇〇〇名、上海子会社の純利益が五〇億円(二〇〇九年度)というのですから、立派
な企業です。
 これだけの規模を誇る企業のトップを務める松久信夫社長、月に三日程度しか出社しないそ
うです。出社しない日は遊んでいるわけではありません。会社に行かないで仕事している、と
いう話です。
 毎日通っているのは、自宅から車で五分程度の場所にある、無線LAN回線が導入されてい
る喫茶店。ノートパソコンを持ち込んで、Webカメラで工場のチェック、メールの受送信、
必要に応じて関係者に携帯電話で連絡を取る、といった仕事をするそうです。
 喫茶店なので仕事をしながら食事がとれる、食事のために外出する手間が省けます。社員が
相談や報告にきたり、電話が入ったりして仕事を中断させられることもなく、自分のやりたい
ことに集中できて効率が抜群によい(社員とはもっぱらメールでやり取りし、緊急事態や重要
な案件は担当者と携帯電話で直接話す。トラブルの対応などもデジカメ写真とメールで十分に
対応できるそうです)。
 また、国内外の八つの工場に合計二七〇台のWebカメラを設置して工場の生産状況なども
タイムリーに把握できるしくみを作り、一ケ月かかる工場視察を毎日三〇分で済むようにした。
喫茶店で仕事をすることで、冷暖房完備で光熱費もタダ、秘書も社長室も運転手も不要、工場
視察の効率化をあわせて約二〇〇〇万円のコストも削減したそうです。
 松久社長が言う、
 「ITをフル活用して無駄な時間と労力と経費をかぎりなくゼロにおさえ、それによって新
たに生まれた時間や体力を、ビジネス全体に集中的に投入する。私の喫茶店出社は、その一つ
のアプローチに過ぎない」(注2)ということは、経営にITを導入することの究極の目的ではな
いかと思います。
 ただし、機械化や道具に頼りすぎるのは禁物です。月に三日しか出社しない松久社長も、
Webカメラを使って毎日工場の視察を行っていますが、月に一度は必ず上海に視察に行くそ
うです。
 富士山に登る場合、麓から歩いて登るよりも五合目まで車を使ってそこから先を歩いて登っ
たほうが早いし、楽ですよね。車を使う部分が機械化する部分、と考えてはどうでしょうか。
早く、効率的に登りきることが、ビジネスでは重要。
 でも、車だけで富士山を登りきることはできません。最後は人の力が必要、というところも、
ビジネスでは重要。
道具としくみで平凡を非凡に、同じ人なら機械の差が売る力の差に
 仕事ができる人は、往々にして自分用にカスタマイズした便利な道具を持っています。とこ
ろが、できる人がカスタマイズした道具をそのまま他の人が使えるかというと、使えないこと
が多いのが現実です。
 ですから、いかにして優秀な人が持つ道具の便利さを標準化していくか、ということが、道
具としくみづくりの上で重要な課題になります。それができないと、とてつもなく生産性が悪
い、儲からない会社になります。
 つまり、素人をプロ化することが、道具によってできる、ということです。道具をうまく使
うと素人がプロになることは結構あります。たとえば外食産業のチェーン店で日本食を出す場
合、和食の職人を使ったらば費用がかかりすぎるので、パートのキッチン担当が作っても職人
が作ったような料理にできるようなしくみを作りますね。
 全国企業品質賞の最優秀賞を受賞した事務用品販売の老舗・九州教具は、ITを導入してビ
ギナーでも熟練者なみのサービスを提供できるしくみをつくりました。
 九州教具(長崎県大村市)が新規事業として取り組んだのはビジネスホテル事業、全くの異
業種ビジネスです。
 それでも九州教具は、客室稼働率八割、ホテル事業を経常利益の七割を稼ぐまでに成長させ
ました。その大きな原動力になったのが、ITの導入です。
 大きな特徴は、会員カードとコンピューターシステムによってお客の宿泊履歴を把握し、そ
のデータをフル活用している点です。
 たとえば、九州教具系列のホテルのいずれかで宿泊したときに「タオルが多めに欲しい」と
いう希望を出したお客に対しては、次にどの系列ホテルに宿泊しても、あらかじめ客室のタオ
ルを多めに用意する。領収書を求めたことのあるお客に対しては、何も言わなくともチェック
アウトのときに以前と同じ宛名の領収書を用意する、といった具合。
 系列ホテルの宿泊客に占めるリピーターの比率は八割にのぼるそうです。(注3)
 一流のホテルマンは、一度宿泊したお客の好みや情報はすべて頭の中に入っているそうです
が、機械を使うことで熟練者でなくとも一流のサービスに近いことができる、という好例だと
思います。まさに、ITは平凡を非凡にする。他の企業でも、まだまだ工夫するところがある
と思います。
 機械化をすすめ、道具を使いこなしているか否かは、売る力の差につながる、と思います。
同じ力の人の場合、機械と道具を使いこなしたほうが勝ちます。
 知人が、家電量販店に買い物に行ったときの話です。二つの店に出かけ、値段の安いほうで
買おうと思ったそうです。
 最初に行ったA店ではもう少し安くならないかと交渉しても販売員が価格決定できずにもじ
もじしていた。片やB店では、価格交渉すると販売員が端末をたたいて、いくら値引きします
という回答がすぐに出てきた。おそらく、ここまでは値下げができる、といった指令? が出
るのでしょうね。
 知人はB店から買ったそうです。
 これは販売員の力の差ではなく、機械化と道具を使う力の差が明暗を分けたのだと思いま
す。どちらの販売員も気持ちのよい対応をしてくれたそうですから、もしA店の販売員がB店
と同じ端末を持っていたら、A店から買ったかもしれませんよね。
 こうした「機械の力」で負ける例は、意外と多いと思います。
経営者も、システムの運用に口をだす
 機械化を進めると、システム運用面で細かい問題が頻繁に起こります。機械と道具を活用す
る大きな理由は、経営の効率化、スピード化、ワンランク上の仕事をさせるなど、マネジメン
トに大きな影響を及ぼすことばかり。これらが達成できないような機械化は、たとえ小さな問
題であったとしても積極的に見直すべきだと思います。
 ところが、システム運用面の細かい問題はトップに上がってきづらい。つい先ほど、こんな
例がありました。
 弊法人では、勤怠管理システムの中の予定管理機能を使って作業時間を集計しています。と
ころが、この予定管理機能がグーグルのカレンダー機能と連動していないのです。グーグルの
カレンダーと勤怠管理システムの予定管理を別々に入力しなければいけない。いまどきなぜシ
ステムの整合性がつかないのか、見直して欲しいというオーダーを出しました。
 実はこの問題を知る以前に、スポットの業務で使ったソフトで、なかなかいいソフトがあっ
たので試しに使ってみたらどうか、という話を社員にしました。社員からの回答は、「そのシ
ステムを入れると三度入力になる」と言われて、はじめて予定管理の問題に気づきました(お
恥ずかしい話ですが、たまたま気づいたわけです)。
 社長もシステムのオペレーションに問題がないかどうか、常に気を配るべきだと思いました。

機械と道具を使いこなし、業務の効率化を図れ。また機械化は、平凡な人が非凡な仕事をすることにつながり、同じ人でも売る力に差をもたらす。効率化して生まれた時間やコストは、労力をビジネスに集中投下せよ。機械化によって効率化、スピード化、社員がワンランク上の仕事ができることにならなければ、些細な問題でも改善すべし。