1-1. 資産防衛の経営

インフレから身を守れ
──純利益から、包括利益へ
 
ちょっと硬い話からします。今、日本でも導入が検討されている国際会計基準というものがあります。利益の表示が現状と異なり、包括利益(注三)で表示します。
 
さてその包括利益ですが、通常の経常利益に貸借対照表の評価益、評価損を加味して表示します。つまり従来の損益計算書の純利益に、資産価値の増減を加えて表示します。
オール時価の表示方法です。
 
もし国際会計基準を本格導入しますと、経営者は本業の利益を稼ぎ出すだけではダメで、資産の利益も稼ぎ出さなければならなくなります。
 

. 資産防衛の経営
(注三)包括利益…「貸借対照表に直接算入してきた有価証券の評価損益・為替換算調整勘定・土地再評価なども企業活動で生じた損益であるとして、損益計算書に反映させた最終利益のことで、企業の最終的な儲けである純利益に資産価値の増減を加えた総合的な利益指標をいう」(ネットより)

──すぐ、現金化できるバランスシートを!
  「含み益程あてにならないものはない」
 
これはドイツの銀行家の格言だそうでして、第一次バブル崩壊後知りました。当時は土地神話の時代で、有名な資産家は、豆腐屋さんと言われていた時代です(一丁、二丁(兆)と数えますので)。
 
私も第一次バブル崩壊で、個人的にも失敗しました。バブル崩壊前にこのドイツの銀行家の格言を知っていればと、いまでも残念に思います。事件が起きてからは皆賢人で名評論家です。
 
さてバランスシート(貸借対照表)の中には資産が計上されていますが、現金でないもの、現金化すると目減りするものはいくらでもあります。
 
 
在庫だって、期末現在時点での価値にすぎません。期が変わったらその値段で売れる保証がありません。
 
よく自社のバランスシートを見てください。大半の資産は、すぐ現金化できません。もし会社を清算すると目減りする資産ばっかりです。
 
理想は、清算するとすぐ現金化できる資産のバランスシートにする。これも経営者の責務かな?
「人とお金は居心地のいいところに集まる」。誰かに聞きましたが、けだし名言です。
 
会社も人とお金の居心地がいいところとしなければなりません(笑)。
──資産防衛
 
奇しくも、アベノミクスの登場です。
 
日本も、米国に遅れること、二〇年、お札の大量発行に踏み切りました。「アベクロバブル」現象で、ご存知のように、株も不動産も上がりました。
 
ゼロ金利は続きそうです。そして、お札を刷り続けたら、やっぱり資産インフレなのかなー?
 
ゼロ金利で、インフレになるとどうなるのでしょうか?
 
デフレ下でのゼロ金利は、目減り しませんが、インフレだったらどうでしょうか? なにもしないまま、じっとしていますと、 資産が目減りしますよね。そうなると、インフレヘッジしなければなりません。
 
遅ればせながら、日本も真剣に「資産防衛」しなければならない時代に入ったのかな?
 
すると、個人も会社も、「資産防衛」を真剣に考えなければならない時代に入ったのではないか?
 
これが、今年の経営ノートのテーマにした理由です。
──インフレは来るのか?
 
昔の話です。大先輩から聞いた話ですが、戦後ハイパーインフレで、受け取る保険金が紙屑みたいになった時です。
  「保険金を受け取ったら、自分の財布に納まった」。こんな話を飲んだ時聞いたことがありま す。これでは、飲み代にもなりません。
 
ハイパーインフレが来るかどうかわかりませんが、会社、あるいは経営者自身の資産防衛は、経営者の責務だと私は思っています。
 
ちなみに個人的な感想で恐縮ですが、日本は三〇代の人でアメリカ人の賃金より約三割安い(同業で比較しています)。
 
この賃金格差は、日本がデフレの間についたもので、経済力の差ではなく何年にも渡ってのお金を刷る差ではなかったのかなと思うんです。
 
でも、これだけお札を刷りますと、当然、株や不動産に多くいきます。資産インフレは、始まったら、アベノミクスの目標二%では、収まらないな?
 
私は、一桁違うインフレが来るんでは?
 
こう思っています。根拠はないんですが…。
 
今後のインフレ対応は、会社も個人も必要?
経済・金融から逃げない!
 
動き回れ!
──マグロの経営
 
当初は、今年の経営ノートのテーマを、「マグロの経営」としました。
 
マグロは、動き続けなければ死んでしまいます。「企業は生き物だ。動いていないと死んでしまう。(川村賢壽氏、かわむら社長)」さすが魚の産地、気仙沼の方です。
 
ベンチャー企業の社長さんも数多く見ましたが、動き回る人、これが、成功の大きなキーワードだと思います。
 
でも、ただ意味もなく動き回るだけでは、すぐヘトヘトになってしまいます。
やっぱり、動くにも方向性があります。
──マネー経済から逃げない
  「金融、経済とビジネスは別物」。マクロの金融、経済の動きとリアルビジネスあるいは、自社の経営はまったく別物です。これは、『経営ノート二〇一三』でも書きました。
 
株や為替の動きと、経済の実態はまったく関係ないし、ましてや自社のビジネスとは別物と私は考えています。
 
でも、資産防衛の観点からは、この動きはとても重要です。気が付いてみたら我が社の資産は、目減りして半分になってしまった、なんてことになりかねません。
 
ですから、経営者も目を背けず、金融と向き合う。金融、経済のマクロも知らないと資産防衛ができない。年々その思いが強くなりました(危険な兆候、ハマると怖い(笑))。
──バブルは繰り返す
 
この一〇年を見ましても、バブル、バブル崩壊を何回か繰り返しています。
 
思い出しますと、二〇〇〇年のネットバブルとその崩壊、二〇〇五年のヒルズ族、ホリエモンブームとその崩壊、リーマンショック、そしてアベクロバブルです。
 
もう、リーマンショックからまる五年は過ぎました。このアベクロバブルがいつ終焉するか、メディアもかしましいのですが、私も大きな関心事です。
 
なにがきっかけなのかは、問題ではありません。理屈は後で宅急便(理屈は後で付いてくる)
ですから、なんでもいいのです。
 
中国火種論もありますが、想像もしないようなことが起こるかもしれません。一つの根拠は、ニューヨークのワインの値段だと教えてくれた人がいます。リーマンショック直前、ニューヨークで、ワインの値段が高騰したといいます。そういえば当時、六本木の高級レストランでも、何十万もするワインがポンポン開けられていた、こんな証言をする人もいます。いずれにしろ、根拠のない話で申し訳ありません。
──全部動産と考える
 
二〇年前になりますか、『空飛ぶ節税・利殖』(税務経理協会)という本を書いたことがあります。国際的な節税を書いた本なのですが、その中で香港の不動産を取り上げた章があります。
 
当時香港に頻繁に行っていまして、現地に長く住んでいる日本人が、「私が香港に来てから、不動産の上がり下がりが、数年ごとに起こっている」と言ったことから、ああこれからは、不動産の「不」を取らなければならないな、こんなことを書きました。
やっと日本も、そうなって来たなーと言うのが最近の実感です。不動産だって動産だと私は思います。
 
ですから、じっと持っているだけではなく、タイミングを見て売買をする、これも選択肢かな?
 
と思うんですね。
 
私は、極端に言いますと争族でもめて売れなくなった共有名義の不動産だけがホントの不動産ではないか、なんて冗談で言っています。
──金融のテーマパーク化
 
こんな経済記事の見出しを見たとき、成程なーと感心しました。
  「ヘッジファンドを抜きにして、金融、経済は語れない」と言います。
 
そのヘッジファンドを中心に巨大なマネーは、話題と人気のスポットを求めて、あっちに行ったり、こっちに行ったり、毎日世界中移動します。それで円安になったり、円高になったりします。
今日はアメリカ、明日は新興国、明後日は日本。今日は東京タワー、明日はスカイツリーとこんな感じですかね。
大昔で言いますと、「今日は帝劇、明日は三越」。古いねー(笑)。
 
金融は経済の実態とまったく関係なく動きます。
 
そう言えば、昔、恵比寿のガーデンプレイスに住んでいたことがあります。作った当初で、毎日何万人の人が来てにぎわっていました。最近は昔ほどの人出はありません。話題のスポットがほかに移ったからなんですね。

──ITの安価化は、金融取引を加速する
 
日本経済新聞が、あるサラリーマンの話を書いていました。
 
二〇〇四年の元手三〇〇万が二〇一三年には五〇〇〇万円になったという記事でした(「日本経済新聞」二〇一四年一月三日)。ITの発達で、安価にソフトが組めて、新規の個人の参入が容易になりました。
そして、そのパソコンを駆使して、大きなパフォーマンスを上げる人も出てきました。
すると、ますます、金融だけの取引が加速します。金融マーケットがどんどん拡大するのですね。
 
ビットコインみたいなバーチャルマネーも出てきました。米ドルのようなリアルマネーと交換できますから、もうバーチャルマネーではないですよね。だいぶ前ですが、マイレージが第三の通貨と呼ばれたことがあります。もう、マイレージやポイントも通貨みたいなものです。
そう考えますと、世界中にお札が溢れています。
 
余談ですが、ITの安価化が加速しますと、小資本でも、取引できる時代です。すると、もう投資は、巨大な金融機関の独占業務ではなくなるんでしょうか?

【POINT】
経営者はマネー経済から逃げず、金融市場と向き合うこと。
繰り返すバブルやインフレに対応できるよう、会社も個人も「資産防衛」を真剣に考えなければならない。